| 暫くして姮娥楼の周囲に柄の悪い人物が集まってくる。 窓の隙間からは外の様子を見て肩をすくめた。 中々の人数だ。 が、本当に何も知らないんだな、と改めて思う。 まあ、唯一の貴陽出身者の慶張が親分衆のことを知らなかったのだから、ほかのものが知るはずもないのだろうと納得する。 「―――野郎ども、行くぜぇ!!」 という野太い声の後に、同じく野太い雄たけびが上がり、続々と妓楼に突進してくるごろつきの子分たち。 「そこまでだよ!」 門扉を叩き割って進入してくる物々しい雰囲気の中に凛とした声が響いた。 先頭にいた頭目が思わず足を止める。 「よくおいでだねぇ、この恥知らず共が。甘い顔をしていてりゃ、つけあがって!」 艶やかな姿の胡蝶が堂々と立っているその背後には、屈強な男がずらりと並ぶ。その数は青巾党の比ではない。 今夜はここを親分衆全員が取り囲んでいることを告げて、すらりと伸びた白い指を青巾党へとむける。 「さあ、やっちまいな!」 胡蝶のその言葉を合図に後ろに控えていた男たちが一斉に躍りかかった。 「ま、まさか胡蝶妓さんが親分衆の一人だったなんて...」 「良かったぁー、俺お誘いのんなくて」 「馬鹿ね三太。胡蝶妓さんがあんたなんか相手にするもんですか」 「こら、静かにしろ」 絳攸の叱責が飛ぶ。 非武装4人組(秀麗、影月、絳攸、慶張)は酒樽の陰に隠れていた。 ちなみに、は別室に避難している。一緒に行くといったが、全員に止められた。 なぜ秀麗は良くて自分はダメなのだろうと少しだけ悩んでいた。 そんなを気にすることなく、彼らは姮娥楼から出て行ったのだ。 「誰かしら、とりえはあるものだな」 武装3人組(劉輝、楸瑛、静蘭)の様子を眺めながら絳攸が呟く。彼らは木簡捜しにいそしみながらも、遠慮会釈なしに青巾党をのしていた。傍から見れば、さながら竜巻のようであった。 「...や、っぱり僕も行きます」 影月が酒樽から身を乗り出した。 大切なものなのだと。それがなければ貴陽に来た意味がない。自分で、探したいと。 絳攸は影月を見下ろした。まったく強情なやつだと思う。 だが、その影月の気持ちは絳攸にも良く分かるし、その強情さが誇らしくも思った。 「お前、喧嘩は?」 「...で、できません。物凄く弱いです」 「俺も弱い。伸びているごろつきの懐を探るくらいしか出来ないぞ。あんまり期待するなよ」 絳攸の言葉に影月の顔がぱっと輝いた。 「秀麗も一緒に来い。とりあえず、秀麗と影月は俺の目の届くところに居ろ」 突然声を掛けられて秀麗は慌てて返事をした。 「え、俺は...?」 慶張の情けない声を絳攸は情け容赦なく切り捨てた。 「来たきゃ勝手に来い。お前は知らん」 「行くよ!置いてかないでくれよー。俺だって弱いんだから」 とやはり情けない声を出した。 「じゃ、いざとなったらみんなで死んだフリをしましょう!」 影月の真剣な提案に、思わず絳攸と秀麗は吹いた。肩の力他抜ける。 「悪くない」 そうして4人は酒樽の影から這い出した。 少し離れたところからその様子が見えていたは近くに居た護衛という名目の男に声をかける。 彼はの言葉に首を傾げたが頷いて少し彼女の元を離れて頼まれたものを取りに行った。 室の隅で頭目はがたがた震えていた。 紙人形のように手下たちが倒されていく。 頭目は自身の持つ布袋を握り締めた。これさえあれば金が手に入る。 そして、逃げようとしたところで女子供が気絶している手下たちの懐を探っているようすが目に入った。 なんでここに、と思った瞬間彼の頭に名案が浮かんだ。彼にとっては名案のつもり。 頭目は口の端をニヤリとあげた。 「きゃあ!」 突然襟首をつかまれて引きずられた秀麗は悲鳴を上げた。振り返ると凶悪そうな顔をした男が立っている。 自分はとんでもないのに捕まってしまったのかもしれない。 「こい!てめぇを人質にして逃げ切ってやる」 「秀麗!」「秀麗さん!」 慶張と影月が声をあげる。 大男は慶張を見た。 「てめぇか、チクったのは!?」 慶張を睨んで激怒した。 「うわ!すみま..じゃない。しゅしゅ秀麗をははは離せ!」 慶張は頭目の上にしがみついた。勇気は買うが、効果のない戦法だ。 「このクソガキども!」 と頭目が腕を振り回して慶張を投げ飛ばす。そして、近くに居た影月もついでに殴り飛ばされて酒樽に突っ込んだ。 「いてぇ!」 と突然頭目が声を上げた。 秀麗を掴んでいたその手が離れ、秀麗を助けようと傍に寄っていた絳攸が彼女を胸に抱きこみかばうように床に押し付けた。 「こ、絳攸様!?」 「黙ってろ!俺に出来るのはこれくらいだ!」 そう言いながら絳攸の視界に入ったものに首を傾げた。 碁石だ。 そういえば、自分が秀麗を助けるためにこの頭目の脛を短刀で切りつけようとしたが、その前になぜか秀麗の手を放した。 「このアマ!何すんだ!!」 そう言って頭目が別の人物へと向かう。 少し顔を上げるとそこにはが立っていた。は危険だからと出てこないようにみなで止めた。だから、ここに居るはずはなかったのだが。 「!」 絳攸が彼女の名前を呼んだ。逃げるように、と。 だが、彼女は何かを軽く投げている。白や黒の小さな何か。 ...碁石? 絳攸はそう思った。 そして、はその碁石を頭目に向かって投げつける。 短刀を持っていたその指に命中して頭目は思わず握っていたそれを落とした。 な、何なの...? 絳攸の下から見ていた秀麗も姉の意外な一面を見て驚いた。 しかし、驚きはさらに続くもので、先ほど酒樽に殴り飛ばされたはずの影月が頭目に向かって飛び蹴りを食らわせる。 頭目は派手に倒れた。 絳攸と秀麗は目を丸くした。 「え、影月君!?」 秀麗が声をかける。何が何だか分からない。 影月は水滴の滴る前髪を無造作にかき上げた。 自分の体重の3倍ある大男を軽々と蹴飛ばす彼は間違いなく影月だ。 だが、彼の顔と口調は先ほどまでのおっとりした影月のものとは違っていた。 「え、影月君よね??」 秀麗がもう一度声をかける。 彼は面倒くさそうに振り返った。 「俺は影月じゃねぇ。陽月だ。逃げるならさっさと逃げたらどうだ」 「影月君!?何だか性格が違うわよ?」 「喚くな。今言っただろう。俺は、陽月だ。事前情報があっただろうが」 面倒くさそうに彼が言う。 「......楸瑛が見たのはこっちか」 と絳攸は呟いた。さすがの彼も驚いたようだ。そして、影月の突っ込んだ酒樽に視線を向ける。 「酒か...」 そのとき、頭目が立ち上がった。 しかし、すぐに陽月の目にも留まらぬ速さの攻撃によってあっという間に倒れて、今度こそ白目を剥いて、ピクリとも動かなくなる。と、同時にその頭目の衣の袷から薄汚い布袋がポロリと零れて絞っていた巾着の紐が解け、中から木簡が現れた。 「これだ。秀麗、拾え」 絳攸の言葉に反応して秀麗がそれをひとつ手に取り驚きの声を上げる。秀麗は顔色を変えてそれをすべて拾い集めた。 「ちょっと、冗談じゃないわよ青巾党!」 「おい女、もう少し周りに気をつけろ」 そう声を掛けられたかと思ったら秀麗の体がふわりと浮いた。 そうして、すぐに伸びた男の人数が増える。 秀麗たちの異変に気づいた武闘派3人組も影月の豹変振りをばっちり目撃した。ついでに、見事な碁石捌きのも目にしてしまい、目をぱちくりとした。 陽月は秀麗に『影月のものはここにはない』と伝えて眠ってしまった。 |
驚くべきことに、まだ会試前騒動が治まりません。
きっと私が一番驚いています。
桜風
07.12.24
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