薄紅色の花咲く頃 29





、中々の腕前じゃないか」

死屍累々と言った部屋の中で伸びているごろつきをまたぎながらやってきた胡蝶に声をかけられた。

碁石を拾っていたが顔を上げて苦笑いを浮かべる。

「ありがとうございます」

「まったくだな。、一体どこで覚えたんだ?」

聞き覚えのない声に劉輝たちが振り返った。そこにはそれと分かる風貌の壮年の男たちが立っていた。

「色々と賃仕事をしていると、それなりに特技が増えていくものなんですよね」

というの言葉に劉輝、絳攸、楸瑛が秀麗と静蘭を見る。

3人は何の賃仕事なのかが気になるようだが、秀麗と静蘭だって思いつかない。

「静蘭、聞いてみてよ」

「お嬢様こそ、聞いてみてください」

何となく、聞かなかったら良かったと後悔しそうなその雰囲気に秀麗と静蘭はお互いに聞いてほしいと思っている。

「ならば、余が聞いてみよう」

そう言った劉輝が一歩前に出た。相変わらず怖いもの知らずな王様だが、今は何だか頼もしく見える気がする。



投げた碁石すべて拾い終わったが立ち上がる。

あ、1個欠けてしまったようだ...胡蝶に謝らねば。

「何でしょう?」

「その..それは何の賃仕事で覚えた特技なのだ?」

劉輝の言葉にはにこりと微笑み、口元に人差し指を当てる。

「秘密です」

なぜかそれ以上聞けない。

劉輝は「そうか」と返してすごすごと下がった。せっかく見直したのに、と秀麗は少し残念だった。



「それはそうと。噂どおりの見事な腕じゃないか。起きたぼうやを目にしたときには藍様の見間違えじゃないかと思ったけどねぇ」

胡蝶が眠っている影月を見下ろして言う。

「おうよ、まったくだ」

そう言って親分衆は影月の取り合いを始める。

気色ばむ親分衆の間を縫って劉輝が眠っている影月の元へと向かった。

「......残念だが、彼はこちらに先約がある。あきらめてくれ」

きっぱりとした言葉に親分衆は一斉に振り返った。誰も向かい合うだけで気力を根こそぎ使い果たしそうな威圧感だが、劉輝は微動だにしなかった。

「誰だてめぇ。見たことのない面だな」

「うむ。はじめましてだからな」

劉輝の返事に親分衆の一人が豪快に笑い、そして問答無用に拳を繰り出した。

楸瑛は劉輝の前に出てそれを庇おうとしたが、劉輝自身がそれを片手で制す。彼は避けなかった。

顔面すれすれで止まった拳を瞬きもせずに見つめる。拳圧でふわりと前髪が浮いた。

親分はにやりと笑って「おもしれぇ。てめぇ、名は?」と聞く。

「劉輝。紫劉輝だ」

一瞬のぽかんとした間が空いたあと、大爆笑が起こる。

「王様とおんなじ名前だってか」

「そりゃ、従わなきゃならねぇな。だが、こいつに目をつけたのは俺たちが先だぜ」

親分の言葉に、劉輝は先ほど絳攸から受け取った木簡を差し出す。

「いいや。影月は、これを受け取ったときから余が『目をつけて』いたのだ」

差し出された木簡の文字を見て親分衆はどよめいた。それは、会試の受験札だ。

言うまでもなく、会試は国家試験の最終試験だ。

影月が受験者と驚き、青巾党の今回の行動に毒づいている親分たちに「今度はもう少し早く重い腰を上げてほしい」と楸瑛が言うと、彼らは一様に黙り込む。

その沈黙に乗じて劉輝が言葉を継いだ。

青巾党には、きちんと灸を据えるように、と。

ずっと静かに様子を見ていた白髪の親分が進み出た。

「我々に落とし前をつけさせていただけるのですかな?」

それが筋だろうと劉輝が応え、楸瑛は無言でそれに同意する。

親分衆は馴染みの将軍を改めてみる。

彼が一歩引いていつでも腰の剣を抜けるようにたたずんでいる。その相手というのは、つまり...

まさか、と思い再びこの青年を値踏みする。

藍楸瑛が一歩退き、守るべき相手と定めた相手。

「あなたの座る椅子のために下げる頭はありませんぞ」

総白髪の親分が試すように言う。劉輝の頬は自然に緩んだ。

「余、自身か」

ふ、白髭を扱いて親分は笑った。

自分たちの失態の穴を取り返しがつかなくなる前に埋めてくれた劉輝に対して。そして、取り決めを守れなかったことへの心からのお詫びを。

白髪の親分の言葉をしおに、胡蝶をはじめ、親分集が一斉に膝をつき、頭を垂れた。それは、まったく威風堂々とした謝罪だった。

「...下街を掌握したか」

絳攸の呟きに頷いた楸瑛がやっと剣の柄から手を離した。今回は、組連にひとつ貸しといったところだ。

ちょうどそのとき、影月の目が開いた。劉輝の手にある木簡を目にして飛び起きた。

「それは、僕の受験札!」

「じゃ、ない。秀麗、見つかったか」

劉輝が声をかける。

先ほどの親分衆たちの一連のやり取りの間も秀麗はずっと木簡を探していた。

「ないわ。もうひとりの影月君がここにはないって言ってたけど、どこにあるか言う前に寝ちゃったし。姉様の方は?」

伸びているごろつきの懐を探っていたも手を止めて首を振る。

しん、と室内に沈黙が下りた。

影月はふらふらと酒樽に向かって歩き出す。

「影月君!?」

「僕、お酒を飲みます。陽月出しますからどこに受験札があるのか聞き出してください!」

そういう影月を秀麗が止める。お酒が弱いのだからやめるように、と羽交い絞めをして。

それでも、とても大切で再発行不可の木簡がないのだから。それは、絶対に取り戻さないといけないものだ。

その気持ちは秀麗には痛いくらい良く分かる。

だが、せめて明日の朝まで待てみないかと秀麗が説得している中、「あの〜、すみません」と妙に場違いなのんびりとした声が響く。

皆がその声に向かって顔を向けた。




次回で会試前騒動が終わります。
何だ、意外と長くないか!?
ヒロインの賃仕事は家族が全部把握しているわけではない模様...
まあ、邵可が把握しているかもしれませんけどね。


桜風
08.1.1


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