薄紅色の花咲く頃 34





秀麗が朝廷で仕事を始めて数日経ったある日、は再び朝廷の、大きな門をくぐることになった。

一応週3日とはいえ、は町の賃仕事の調整をしなければならず、朝廷での賃仕事に出るのに少し遅くなったのだ。

官吏は駄目でも、医師の助手と言うことなら意外と反対意見は出ないらしい。

官吏も医師も、民のために働くことに何の変わりもないのに...

ああ、違うかも。は助手だから。男の下で働くっていう状況だからか。

―――くだらない。

そんな事を思いながら以前良く通っていた室を目指した。

久しぶりに会う彼らは夏のときと何ら変わりない。

ただ、あのとき倒れていてに会ったことのない人物も居て、彼らとは自己紹介をしあった。



その日の休憩時間。

は初めから休憩時間は室から追い出されるように決められていた。

勿論、もその方がありがたい。

府庫へと向かう途中に「殿」と柔らかい、人当たりの良い感じの声を掛けられた。

振り返ると藍楸瑛が立っている。

「藍将軍」といっては頭を下げる。

「今、忙しいのかな?」

「いいえ。休憩時間になるので避難を」

苦笑しながらが言った。

確かに、官吏の間では『またあの朱が手伝いに来ている』という噂が流れていた。

その噂を聞いた楸瑛は皆耳が早いな、と苦笑を洩らしたものだ。

「では、少し時間をもらえるかな?」

楸瑛の言葉に頷き、彼の後ろを歩いた。


行き着いた先は、どこかの室で、外から見た限りでは小さそうだ。

「失礼します」と楸瑛が入り、は彼に入室を促されてそこへと入った。

「久しぶりだな、

そう声を掛けられては目を丸くする。

「主上!?」

「元気そうだな。安心したぞ」

微笑む彼に頭を下げた。

跪拝をすべきかと悩んだが、は官吏でもなければ女官でもない。ただの助手だ。それについて室の中にいる人物たちは何もいわないし、咎められる視線も向けられていない。

たぶんそれでいいのだろう、少なくとも今は。

「実は、そなたに頼みがある」

は頷いて話を促した。劉輝の隣には絳攸も居た。

「そなたは、薬の知識が豊富だと聞いた」

「それは、どうでしょう?陶老師の方が知識も経験も上だと思います」

の言葉に劉輝は頷く。

「たしかに、彼に比べたらの方が劣るかもしれない。経験の差、というやつだな。けど、他の医師たちに比べたら、少なくとも薬学に関しては秀でていると思うのだ」

それに対しては頷かない。

「昨年の夏、はあそこに助手として入ったのだろう?そのとき、医師が不在のときに薬を調合したと聞いた」

「ええ、許可をいただけていましたし。それが、何か...」

少し不安に思っては話の続きを促した。

「実は、が調合した薬の方が良く効いたらしいのだ。医師としての資格を持つ彼らより。お陰で余は少し、不安になった。余が倒れたときにはちゃんと良い薬を調合してもらえるだろうか...」

劉輝は心にもないことを少し冗談めかして言う。はそれを受けて少しだけ笑った。

「そこで。前置きが長くなったが、そなたに頼みがある。今、ある人物の命を狙っている輩が居るかもしれないのだ」

「秀麗ですね。あと、影月君もかな?」

あっさりが言い、せっかく伏せたのに意味がなくなった劉輝は少ししょぼくれる。

「何故、分かったのだ?」

「正直、秀麗が朝廷に歓迎されているなんて思っていませんよ。未だに『政治は男が』とか言ってる人が大半でしょう?朝議に出られる官吏なんてほんの僅かだし、その中でもやはり反対意見は少なくなかったはずです。ただ、吏部、戸部両尚書が反対しなかったことから他の官吏は自分の意志を貫いて反対し切れなかっただけだと思いますが?」

の言葉に劉輝は視線を逸らす。概ねその通りだと思う。

「影月君も、年少者ですから。余りにも幼い彼を良くは思わないでしょう...噂に聞いたことがあるのですが、そういう、優秀な成績で官吏になった人には本人が嫌がっても縁談が山のように来るとか。そういうのに慣れていない彼はきっと人前できっぱりすっぱり断るでしょうね。それで面目を潰されたとか言う狭量な官吏が彼を排除しようなんていう動きを見せるんじゃないんですか?」

「...見てきたように言うね」

楸瑛が感心して呟く。そして7年前、状元及第したお陰で山のように縁談を迫られた末に女性嫌いになった親友に視線を送った。

楸瑛の視線を受けて絳攸は物凄く嫌そうな表情を浮かべた。

彼が何を思っているのか分かったようだ。

「うむ。その通りなのだ。秀麗は影月と共に行動することが多いと思う。少なくとも、食事の時には一緒に行動するようにと話している。余も、護衛についているしな」

劉輝の言葉には一瞬唖然とした。

「主上自ら、ですか?」

確認してみる。

の反応を見て劉輝は笑顔で頷いた。絳攸はこれ見よがしに溜息をつき、楸瑛は苦笑した。

「そうですか...まあ、静蘭には無理なことですからね」

「うむ。仕方がない。それで、さっきの話に続きだが。まずは毒消しになるものがあったらと思う。一応、影月も対策を講じてくれているが、彼自身時間も材料も少なくてな。少し心許ないといっていたのだ」

「分かりました。茶葉に混ぜられるものを調合しましょう。少し、お茶の味は落ちますが、秀麗に聞かれたらそれは疲れた体に良いお茶だとか適当にそれらしい効用を付け足してください」

劉輝は頷く。

「影月君は、確か医療の心得がありますよね」

「そうだ。だから、彼に毒を見抜いてもらおうと思う」

「採取できるものがありましたがまわしてください。成分や調合から薬師を割り出せるかもしれません」

「そこまではしなくても良いが。その毒に対する中和剤のようなものがあれば安心する」

は頷いた。




ヒロインを宮廷に招集(?)したのは劉輝です、実は。
よくよく考えたら猛暑で人手不足になった際にヒロインは助手として出仕(?)していましたし、
その際に薬の調合させていたな、と。
まずいよね、本当なら。
でも、今回は王公認ですよ。まあ、その薬を口にするのが秀麗(妹)で、
さらにその傍に医学の知識が豊富な影月がいるから大丈夫だとか思ったのでしょうね。


桜風
08.5.11


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