薄紅色の花咲く頃 37





次の出勤時、は先日の約束どおり吏部へと向かった。

「失礼します」と声を掛けると疲労困ぱいと言った感じの官吏が淀んだ視線を向けてくる。

死んだ魚のような目を向けられて流石のもたじろいだ。

これは、つまり。

黎深が仕事をしないからそのツケが他の官吏に回っているという現象が起きていると言うことだろうか。

流石に、全てを絳攸だけで処理するなんて出来ないだろうから。

悪鬼巣窟、だっけ...?

は前に聞いたこの部署の特徴を現す四字熟語を思い出していた。

「おや、殿」

室の入り口で立ち往生していたは背後から名を呼ばれて振り返る。

「藍将軍」

深く頭を下げた。

「どうしたんだい?絳攸に用事かな?」

「えーと、吏部尚書にお会いしたかったのですが。いらっしゃらないようで」

の言葉を受けて楸瑛は室内を見渡す。

「...そのようだね。では、時間があるなら私に付き合ってもらえるかな」

そう言いながら楸瑛はそのまま吏部の室に足を進めた。もそれについていく。


「しかし、この時期の君の室は凄いね」

吏部侍郎の部屋の扉を開けて楸瑛は楽しそうに言う。

もここまでの光景を想像していたわけではなかったので目を瞠った。

?」

楸瑛はともかくの来訪は思いがけないものだったため、絳攸も驚きの表情を浮かべる。

「紅尚書に用事があったらしいんだけどね」

「ああ、今は出ている」

というか、大抵この部屋に居ない。

そんな言葉を飲んで絳攸は短く答えた。

「みたいですね。あの、これ。先日黎深様と約束をしていたのでお持ちしたのですが」

そう言いながらは持参した弁当を持ち上げる。

「お饅頭かい?」

楸瑛の言葉には「はい」と頷く。

「では、いらっしゃらない紅尚書には悪いけど温かいうちに我々が頂くとしないか?」

「たくさん作ってきたので大丈夫ですよ。どうぞ召し上がってください。絳攸様。茶器はどこにありますか?」

絳攸に茶器の場所を教えてもらい、が部屋の隅で茶の準備をする。

その間、楸瑛と絳攸は何やら話をしていた。

そんな中、絳攸が巻物を投げつける。丁度が茶を入れて2人に近づいたときだった。

「危ないねぇ。殿に当たったら大変だろう」

「煩い!お前が避けなければ当たらないだろうが」

そんな2人の遣り取りを見ながら楸瑛が受け止めた巻物を見る。

投げた衝撃か、それとも、受け止めた衝撃かで紐が解けたのだ。

「...娘が父親に似ると幸せになると言う迷信、ご存知ですか?」

思わず呟く。

「へえ?そんな迷信があるんだね。私は初耳だよ」

「俺は、どこかで聞いたことがあるな」

「この方、お父様がどなたか分かるからきっと幸せになりますね」

巻物は姿絵で、それは絳攸に持ってこられたお見合いか何かなのだろう。朝廷では娘すら賄賂になると言うのだろうか。

ただ、絳攸に対してはそれは全く有効ではない、むしろ真逆の効果をもたらす賄賂になると言えるだろうが。

「おや。殿はこの父親を知っているのかい?」

「ええ、礼部の方もよく医務室にいらっしゃるので。その際、お話を伺ったり、庭院でお会いしたときに『あれが上司だ』みたいなお話もされますから」

の言葉に楸瑛は眉を上げた。

「...相変わらず大変そうだね」

「昨年の夏に慣れました。あのときの方が酷かった気もしますよ」

肩を竦めながらそういうに「なるほどねぇ」と呟きながら楸瑛はちらりと絳攸を見た。

絳攸の眉間には先ほどとは違った皺が刻まれている。

「というか、絳攸様。お見合いですか?」

「勝手に向こうが送りつけてくるんだ」

不機嫌に絳攸が言う。

「けど、いい度胸..失礼」

言いかけては慌てて口を噤む。

「んー?何でだい?」

面白そうだといわんばかりの表情で楸瑛が問う。

「だって、絳攸様とご結婚された方は漏れなくあの黎深様がお義父様になるんですよ」

の言葉にハタと今更気づいたように絳攸と楸瑛が顔を見合わせる。

あれ?とは首をかしげた。違ったのか?

「そういえば、そうだね...」

少し、遠い目をして楸瑛が言う。

「ちなみに、秀麗と結婚された方は漏れなく黎深様が叔父として、静蘭が家人として着いて来ます。もしかしたら絳攸様の奥様になられる方よりも大変な目に遭うかもしれませんね。主上ってばそれをお覚悟されていらっしゃるんですよね。物凄い勇者だと私は思っているんですよ。応援したくなるくらい」

笑いながらが言った。

笑い事ではない...

楸瑛と絳攸は心の中で突っ込みを入れる。

「ん?しかし、殿にだって紅尚書と静蘭が着いてくるんじゃ...」

楸瑛が言うと

は首を振る。

「まあ、確かに。漏れなく黎深様は叔父ですが、静蘭は私には着いてきませんよ」

まあ、確かに静蘭は秀麗の方が心配だろう。はこう見えて結構したたかなところもあるようだから、まっすぐで素直な秀麗の方が心配だ。

の言葉にそれぞれ心の中で納得をした。


「では、私はこれで失礼します」

がそう言って室を出ようとした。

「おや、一緒に食べないのかい?」

楸瑛に誘われたが

「藍将軍は、お仕事でこちらにいらしたのでしょう?例の、私に言えないお仕事。だから、私が居ない方が都合が良いのでは?」

と返した。

「参ったねぇ」と呟きながら楸瑛は苦笑する。

「すまないな。茶まで淹れてもらったのに」

絳攸が謝罪するが

「いいえ。それはまた夕方、帰る前に回収しに参ります。黎深様の分も残して置いてくださいね。あ、そうだ。そのとき調べたものの纏めた資料、お渡ししますね」

はそう言い置いて吏部侍郎の室から出て行った。




絳攸と結婚したら漏れなく黎深がお義父さん。
黎深は愛情表現の仕方がよく分からないので、慣れるまでには微妙でしょうね。
というか。玖狼がプッシュしている通り、秀麗が嫁になったら本当に方々丸く収ま..らないですよね。
何てったって黎深は秀麗LOVEですからね!!(笑)
絳攸が気の毒になりますよね。


桜風
08.6.22


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