| ある日、が大医署のお遣いから帰っていると人の声が聞こえる。 思わず急ぎ足でそちらに向かった。 廊下で秀麗が礼部の官吏に泥団子を投げつけられていた。秀麗は一応華麗に避けているが、それでも数発は当たったようだ。 はここで秀麗をおおっぴらに庇うことはできない。それは秀麗の望むところではないし、むしろ彼女の足を引っ張りかねない。 だが、はそのまま足を進めていく。 左腕部に衝撃があった。 秀麗は自分に向けて泥団子を投げていた礼部の官吏たちの表情が変わったことに疑問を感じて振り返った。 そこには、姉のが立っており、その服には泥団子の流れ弾が当たっていた。左腕の肘の上辺りだ。 「ね...っ!」 『姉様』と呼びかけて寸でのところで言葉を飲んだ。 が紅姓は面倒だと言っているのは知っている。それに、自分の姉だと知られたら彼女がどんな目に遭わされるか分からない。 今は、多少不快なことはあるようだが概ね問題ない様子で過ごしている。 「大丈夫ですか?」と聞こうと口を開こうとしたが、その前に口を開いたのはだった。 「吏部侍郎様。泥のしみは落ちにくいのですぐに落とさないと。もしお時間がお有りでしたら私が...」 とが声をかけていた。 少し離れたところには絳攸が居たのだ。絳攸も流れ弾が当たったようで衣服が汚れている。 「礼部では妙な遊びが流行っているようですね」 の言葉に応えずに泥を払いながら絳攸がそう言った。彼の隣には礼部尚書が立っていた。 礼部尚書は慌てて部下を叱るが、その部下の口から出たのは魯官吏の名前だった。 は一瞬目をついと眇めてその言い訳を口にした官吏に目を向けた。 そんな話をしていると魯官吏が出てくる。この廊下の清掃を秀麗に命じていった。 絳攸は礼部尚書に着替えを用意するから、と声を掛けられる。 この場合、を優先させるわけにはいかない。下手をすれば彼女の朝廷内での平穏な生活が侵害されかねない。 「すまない、礼部の好意に甘えることとする」 絳攸はに一言そう言って礼部尚書の後を歩いていった。 その後ろ姿をは頭を垂れて見送る。 彼らの姿がなくなって礼部の官吏たちが戻ってきた。 また秀麗に何かをしようとしているのか。そう思ったが彼らはに用事があるらしい。 「その、替えの服などはないだろう。こちらで用意しよう」 そんな事を言われた。不快に顔を顰めそうになったが、それは堪えて頭を下げる。 「いいえ、大丈夫です。すぐに処置をすればしみにはなりませんし。大医署に戻れば何か着るものはありますので」 なおも何かを言い募ろうとした人物の目を見ては言った。 「私は、朝廷でのお仕事の事はよく分かりませんが。進士に泥団子をぶつけることも、礼部のお仕事なのですか?」 まっすぐと目を見詰められて最初こそどぎまぎしていた官吏は急に恥ずかしくなって逃げるように去っていく。 特に彼はよく大医署の医務室に来てはを口説いている人物だった。 しかし、彼が恥ずかしいと思ったのは泥団子を意味もなく紅秀麗という女官吏に投げつけていたことではなく、それを見られたということにだ。 その場の全員が去って静蘭が出てきた。ずっと隠れてその様子を見ていたのだ。 秀麗に声を掛けようとして拒否された。はそれを少し離れたところで見ていたが、秀麗に近づく。 「姉様も。私を甘やかさないで」 「...あなたがあんなお馬鹿たちに潰される子ではないのは知ってるわ。だから、その心配はしていない。でもね、応援はしているわ。さっき、私を姉と呼ぶのを咄嗟にやめたわね。いいのよ、私は。たぶん、あなたと違って誰かが守ってくれるもの。戦わなくても良いの。だから、自分の事だけを想いなさい。ほら、顔を上げて。下を向いていたら涙が零れるわよ。泣きたくないんでしょ?」 の言葉に秀麗は顔を上げた。無理やり笑う。 「じゃあ、頑張ってください。紅進士」 そう言って手ぬぐいを彼女に渡しては静蘭を引っ張ってその場を去っていく。 「」 咎めるように名前を呼ばれた。手を離して足を止めて見上げる。 「何?」 何か言いたそうだが、言葉が見つからないのか不機嫌面をこちらに向けているだけだった。 「大丈夫よ。あの子は独りじゃないもの」 そう言って秀麗の方を見る。つられて静蘭が同じように秀麗を見ると影月が駆け寄っていた。 「ね?大丈夫。独りじゃないってそれだけで凄いことだってのは、あなたは十分に知ってるでしょ?」 の言葉に静蘭は俯く。 「そう、だな...も、あまり無理をするな」 「勝手に足が動いちゃったんだもん。けど、まあ。絳攸様も心配そうな顔をされてたし、自重するわ」 肩を竦めては踵を返す。その際、木の陰から秀麗たちの姿を見持っている人物たちを見つけて苦笑する。 ああ、だからあんなに丁度良いところに絳攸が出てきたのだな。 は納得して大医署へと向かった。 |
秀麗泥団子事件。
「当たったじゃねぇ!!」って感じでしたでしょうね。
桜風
08.7.13
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