| 翌朝、はいつもどおりに起きて支度を始める。 昨日仕上げた報告書を持って朝廷へと向かった。 途中、やはり悲鳴らしき声が聞こえたが気にしない。ためしに振り返っても影も形もないのだから気にしたって仕方がないのだ。 朝廷の門を潜った。 大医署に荷物を置いて庭院へと出て行き、珠翠に頼んでお茶を用意してもらった。 「様、大丈夫ですか?」 「大丈夫だと思う。これで、紅尚書とお会いすることが出来ると思うんだけど...」 紅尚書が占領している離宮へと向かった。自発的軟禁状態らしい。 周囲には一応見張りの兵士たちが居るが、はっきり言ってどうして良いのか分からないといった表情だ。 紅家ゆかりの官吏たちが皆仕事を放棄して朝廷が半分位しか機能していないと此処に来るまで噂が絶えなかった。 「あの人を怒らせるから...」 呆れたようには呟いた。 「失礼します」と声をかけて扉を開けるとそこには楽しげな表情を浮かべている紅尚書と渋面の魯官吏が居た。 「やあ、君がお茶を持ってきてくれるとはね。朝議に出ようと思ったけど、お茶一杯分くらいもう少しゆっくりしようか」 「朝議に出てください、紅尚書!」 は慌てて促す。自分が足止めをしたとなっては色々と申し訳ない。 「ふふ、冗談だよ。ところで、それを預かればいいのかな?」 が渡そうと思っていた巻物の存在を察して黎深が言う。 「お願いしてもよろしいですか?」 「君はそのために此処へ来たのだろう?預かるよ」 物凄く優しい表情を浮かべている黎深を気味悪がりながら魯官吏はを見た。 確か、大医署にいる薬師だったと記憶している。何故彼女が紅黎深と親しげに言葉を交わしているのだろうか。 「こちらは、後ほどでよろしいので藍将軍にお渡し願えますか?」 もうひとつ、借り物の巻物も取り出した。 「では、これは此処に置いておこう。じゃあ、また後で。きっと紅進士の査問会は公開になる。君も見においで」 微笑みながらはらりと扇子で口元を隠してそのまま魯官吏を促して部屋を後にした。 はその姿を深く頭を垂れて見送り、「さて、と」と急いで城門へと向かった。 城門では思ったとおりに秀麗が足止めを食らっていた。 金で買われたのか、門番は秀麗を通そうとしない。 「ご苦労様です」 の声に反応して門番は2人とも振り返った。 は懐から薬をしみこませている手ぬぐいを取り出して一人の口元にそれを押し付ける。 途端に彼は体中の力が抜けたように崩れた。 もう一人がそれに驚いている隙に静蘭は彼の鳩尾に一発入れて気絶させる。 「皆さん、お疲れなのね」 しれっとが言った。 「そうですね。皆さん過労ですね」 静蘭が爽やかな笑顔を浮かべてそんな事を言っている。 目の前で繰り広げられたその力技に秀麗は暫く絶句していたが 「ね、姉様!?こんなことして大丈夫なの??」 と慌てた。 「...眠っているだけだから」 にこりと微笑む。 静蘭が落としたもう一人も、事態を把握しきれて居なかっただろう。何より、はしらばっくれる自信が有った。 「ほら、時間ないでしょう?走りなさい。これ以上は私は動けないから、静蘭と自分の力で何とかしなさい」 が薬で門番を眠らせた頃、朝議の席に紅尚書がやってきた。 礼部尚書に対して容赦なく冷徹な一面を見せる。 そんな中、ふと思い出す。 「そういえば、主上。先ほど、預かった報告書があります」 そう言ってから預かった巻物を絳攸を介して劉輝に渡す。 その場で劉輝はその巻物に目を通して思わず口角を上げた。 「さて蔡尚書。そなたには余罪もあったな」 先ほど黄尚書が有無を言わさない方法で証言を取ったこともあって、彼に加担した官吏たちはお縄についてそのまま朝議の席から外された。 が、蔡礼部尚書はまだ拘束されたままで朝議の席に置かれている。 「そなたは、紅進士と杜進士を殺そうとした」 「な!?」 「杜進士は医者になりたかったらしく、薬物には強いらしい。彼らの周りに仕込まれた毒は彼が処理してくれた。採取した毒にはある人物に頼んで解毒薬を作ってもらったこともあって、あの者たちは無事で居られたのだが... そして、その人物が色々と特別に調べてくれたのだ。これは、その報告書だ」 そう言って先ほど受け取った巻物を掲げる。 霄太師が興味を示したため、それを渡した。 「ほう?下街の資格を持たない医師を雇ったようですな。暗殺用の毒は自分が蔡尚書に金を積まれて作ったと全てその医師が自白した、と」 「そ、そんなの出鱈目だ」 「じゃが、この証言を保証するという親分衆の過半数の署名があるぞ」 「お..親分衆だなんて所詮下街のごろつきのまとめ役でしょう。そんな者たちの言葉を信用なさるのか、主上は!?」 蔡尚書がわめき散らす。 これ、胡蝶の前で言ったらどうなるんだろうなー、と思いながら楸瑛は溜息を吐いた。 親分衆は下街を管理する不文律を朝廷との間に持っている。ある種、下街の事は任せた、と王が暗黙に認めた存在だ。 それを... 「そなた、その言葉を下街のど真ん中で叫んでみたら良いぞ。物凄く恐ろしい目に遭うと思うが...」 呆れたように劉輝が思わず呟いた。 しかし、それで大人しくなるようだったらここまでの事はしなかっただろう。 蔡尚書はまだわめき散らしていた。 女が官吏になって入ってきたのが悪いという。そして、周囲の官吏もその言葉に同意をして劉輝に自分たちの胸に燻っていた疑問を口にする。 しかし、劉輝は答えた。 国試は国王でさえ介入不可能なものだ、と。 国試は甘くない、と。 そんな中、「秀麗師はズルしてねぇ!」と突然扉が開き、子供が入ってきて蔡尚書のはげ頭をぺしりと叩いた。秀麗についてきた柳晋だ。 彼は顔を真っ赤にしてその胸に誓ったことを口にする。 秀麗はずっとお城に上がりたいといっていた。だから、秀麗にそれが出来るとなったとき、寂しいと思ったが我慢すると決めた、と。勉強は嫌いだが、自分も一生懸命勉強をして秀麗を追いかけて官吏になる、と。 柳晋のまっすぐな言葉は官吏たちの胸に響き、その場に居た多くの官吏が恥じるように視線を逸らす。 柳晋は後から入ってきた秀麗に駆け寄って帰ろうといった。こんなところに居る必要がない、と。 秀麗は柳晋を抱きしめた。 そして、帰れないという。 それに対して柳晋は納得いかない。 だが、秀麗は言う。自分の夢はここから始まる、と。 昔、柳晋が死に掛けたのを覚えているかと問う。 彼は頷いた。覚えては居ないが9年前、王の子達が争ってそのせいで食べるものがなくなったと母から聞いたと。 その言葉を聞いて官吏たちは息を飲む。その話題は、彼らの間では禁忌となっている。 しかし、秀麗は柳晋に語る。 自分はそのとき、何も出来なかった。診療所で手伝いをしても人の死を看取ることしか出来なかった。でも、これからは違う。 秀麗は官吏になりたかった。上のせいでこうなったのなら、自分が官吏になって上にのぼってやると決めたのだ。 王の隣に上がって、誰かが馬鹿なことをしそうになったら即刻頭をひっぱたいて方向修正して、もう誰も死なせるかと思った。だから、これが秀麗の官吏になった理由であり、官吏を辞めるわけにはいかない理由だと柳晋に言う。 自分はまだ何も成していない、と。 それを聞いて柳晋は「なんだ」と言う。それはつまり、いつも秀麗が自分たちにしていることだという。 そう言われて秀麗は笑う。 これから頑張らないといけない、と。 「大丈夫だよ。ウチも父ちゃんと母ちゃんが喧嘩しても母ちゃんが勝つんだぜ。男って最終的には女に弱いって父ちゃんこぼしてたもん」 柳晋はそう自信満々に言った。 身に覚えのある官吏たちは思わず視線を逸らす。 劉輝はその年でもう真理を会得している、と柳晋に感心していた。 秀麗はこれから一生頑張る、そう言った。 柳晋は目じりに浮かんだ涙を乱暴に拭って笑う。自分も頑張る、と。秀麗が苛められたらいつでも飛んできて苛めた奴らを殴ってやると請け負った。 丁度正午になり、秀麗の国試及第を疑う者たちのために査問会を開くと劉輝が言う。 「どうぞご随意に」 撤回しようとした官吏たちを見据えて秀麗は深く跪拝してはっきりと言った。 場所を移して査問会を開く。官位に関係なく、誰でも傍聴できる公開口頭試問となる。 「あなたも見てなさい。秀麗師のかっこいいとこ、見せてあげるわ」 傍に居る柳晋にこっそりと秀麗が言った。 |
ヒロインも大概酷い人です(笑)
というか、アニメでは柳晋は朝廷にまでやってこなかった気がします。
好きだったのにな、ここのシーン...
桜風
08.8.24
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