薄紅色の花咲く頃 42





柳晋は査問会の会場に静蘭と共に向かった。子供一人がうろつくには広すぎる。いい大人だって迷子になるのだから。まあ、彼の場合は特殊な例外と言ったところだろうが。

「あれ、師」

柳晋の姿を見ては眉を上げた。

「どうしたの?」

「へへ。オレ、秀麗師の危機を救ったんだぜ。な?」

得意げにそう言って静蘭を見上げる。静蘭は「ええ」と頷いた。

は微かに首をかしげたが微笑を浮かべる。

「そう。ありがとうね、柳晋。けど、お願いがあるの」

「何?」

「お城の中では私と秀麗は家族じゃないことになってるから。ナイショにしててね」

の言葉に柳晋が驚く。

「何で?」

「秀麗の邪魔したくないから」

が言うと

「秀麗師はそんなことを思わないよ」

とはっきりとまっすぐ言った。

「そう、かもしれないけど。でも、約束してね。お願い」

そう言ってが重ねて言うから不承不承と言った感じに柳晋は頷いた。

そして、並んで秀麗の口頭試問を見守った。

秀麗は堂々と全ての問いに淀みなく応える。その姿はとても頼もしく、同時に少しだけに寂しさを感じさせた。



その日の仕事が終わり、は帰宅する。

家の中に居る人物を見ての頬は緩んだ。

「室を、用意いたしますね」

昨日は断られた。それはきっとやることがあるから。けど、もう今日で色々と片がついた。

「すまないな」

玖狼はそう言って微かに笑みを浮かべた。


秀麗が帰ってきて父が早速玖狼を紹介した。叔父と言う存在に秀麗は驚き、同時に、本当に父と血縁者だろうかと思うくらいしっかりした玖狼の雰囲気に驚いた。

「姉様、知ってた..わよね。私が知らないこと、たくさん知ってるものね」

今までの経験から言ってきっとそうだ。少し拗ねたような表情を浮かべている。

そして、も頷く。知っていた、と。

「何で姉様は...」と秀麗はブツブツ文句を言う。

「秀麗よりも3年長く生きているのよ。それくらい差がないと」

と笑いながらは応えた。

「立派な、官吏になったわね」

が呟く。今日の査問会の事を言われたのだと気づいた秀麗は「私なんて、まだまだよ。これからだもの」と返す。

朝廷の動きはイマイチ分からなかったが、ここひと月ほど城に出入りをするようになっても色々と状況を把握できるようにはなった。

だから、きっと秀麗の配属先は楽なところではないと思った。何となく、勘だがあながち間違っていないとも思う。

「そうそう、姉様」

不意に秀麗の声が耳に届いて意識を引き戻される。

「何?」

「燕青、今貴陽に来ているのよ」

それは知らなかった。

「じゃあ、室を用意していた方がいいわね」

「家が広くてよかったわよね」

の言葉に秀麗は笑いながら応えた。

「門番が居ないあばらやだけどね」

も笑いながらそういう。

二人は顔を見合わせてまた笑った。


進士として最後の日。今日、配属先が言い渡される。

秀麗は進士服に袖を通した。

「行ってきます」

影月と秀麗は挨拶をして揃って紅家を後にした。


父と静蘭、そして燕青もすぐに家を出る。

残ったのは玖狼と

「玖狼様、お茶でもいかがですか?」

に誘われて玖狼は頷いた。

「私は、お前を軽んじているつもりはない」

お茶を出したらそういわれた。

は驚いて手を止めて玖狼を見た。

「だが、紅家の血を継いでいるのは秀麗だ」

「そうですね」

「...義姉上のこと。あの時は不甲斐なくてすまなかった」

玖狼がそう言ったことには驚いて言葉が出ない。

が、暫くして困ったような笑みを浮かべた。

「仕方ないですよ。紅州は遠いです」

「それでも、兄上がああだから私がしっかりしなくてはいけなかったんだ」

自分を責めるようにそういう。

「いいえ。玖狼様も黎深様もとても気にかけてくださって。私は感謝しております。だから、お気になさらないでください」

「紅家以外の事なら..李姫以外のことなら力を貸そう。...すまない」

は困ったな、と思った。

「玖狼様。私は今以上のものを望んだことは一度たりともありません。だから、気にしないでください。そんなに玖狼様に謝られてはどうしていいかわかりません」

の言葉に玖狼は苦笑する。

「それに、私は与えられなかったはずの愛情をたくさんの人に与えてもらっています。もう、それで十分です」

の言葉に玖狼は一度目を伏せて顔を上げる。

「ありがとう」

優しくの頭を撫でた。



秀麗の出立する日の前夜。

庭院で李の花を眺めていると背後から土を踏みしめる音がした。

「秀麗を、お願いね」

振り返らずにが呟く。

「おー、任せとけって」

「ついでに、静蘭も」

「あいつはついでなんだ」と笑いながら燕青は呟く。

「なあ、おっきい姫さん」

燕青に呼ばれてやっと振り返った。

「今回の件、色々聞いたぜ。医者にならねぇの?」

「なるよ。持ってて困る資格じゃないし。今年は試験があるみたいだし。官吏と違って門は狭いけど閉ざされていないから。たぶん、医師になった方がたくさんできることがあるだろうし」

の言葉に燕青は「だろうな」と頷く。

「んじゃ、まあ。おっきい姫さんも頑張れよ」

「燕青も。多少の無理は仕方ないと思うけど、無茶はしないでね」

「それ、姫さんに言って。絶対に無茶しそう」

燕青に指摘されては噴出す。

「そうかも。でも、秀麗には言っても無駄だから傍に居てくれるはずの燕青に頼むことにするわ」

「責任重大だな」と笑いながら彼は請け負った。


翌朝、秀麗は出立するために城へと向かう。

お嬢様」

静蘭が声を掛けてきた。

秀麗を見送りに門の外に出ようとしたところだった。

「何?」

戻って静蘭の元へと向かう。

「俺はに借りが有る。ただ、今はお嬢様に付いて行かないといけないからその借りは返せない。俺が、借りを返せるまでこの家に居ろ。いいな」

突然そう言った静蘭にはきょとんとしてじっと静蘭の顔を見る。

「わかったな」ともう一度念を押されて「まあ、うん」と曖昧に頷く。


秀麗は家を出るときに玖狼に言われた。紅家の力を秀麗のために使う、と。

これからは、紅家が秀麗を守ると。

秀麗は驚き頭を下げる。

そして顔を上げて門から出てきたを見た。

「姉様、父様をお願いね」

「はいはい。...あまり無茶をしないようにね」

言っても無駄だと思いながらは秀麗にそう声を掛けた。

「必要以外の無茶はしないわ。...たぶん」

最後は自信なさげに秀麗が一言付け加えた。

「体に気をつけて。影月君も、無茶はなるべく控えてね。体が資本でしょ?」

の言葉に影月は頷く。

そして邵可を見上げて「お世話になりました」と約ひと月の滞在についての礼を言った。

遠ざかる軒を見送り、は空を見上げる。

空はどこまでも青く、晴れ渡っていた。




『紫宮に咲く花』終了です。
秀麗が茶州に行っている間、こちらは平和そうなのでバビュンと飛ばします。
だって、秀麗が居ないと話が進んでくれそうにないので...


桜風
08.9.14


ブラウザバックでお戻りください