| 暫くすると邸の中に人の気配が増えた。 が窓の外をそっと覗くと紫色の服を着た人物が何かをとても大切そうに運んできた。 ああ、帰ってきたんだとは納得し、そのまま何事もなかったかのように饅頭製作に勤しむ。黎深が食べたいと言ったのだ。 秀麗が邸に帰ってきたから彼はすぐに帰るだろう。 あとは蒸かすだけの状態にしたらすぐにお土産として渡した方がいいのかもしれない。 手早く調理を済ませてお茶を持って父たちがいる室へと向かう。勿論、黎深に預けるお土産も一緒だ。 「失礼します」と声を掛けて室に入ると不機嫌な黎深の顔があった。 ああ、此処からもあの様子が見えたのだなと納得する。 「黎深..叔父様」 がそう呼ぶとパッと表情が明るくなる。そんな弟を見て邵可は深く溜息を吐いた。 「何だい、」 弾む声で黎深が返した。 「今回の主上の、大目に見て差し上げてください」 の言葉を聞いて黎深は拗ねた。「までそんな事を言うのかい?」と。 「さっきもね、黎深にその話をしていたんだよ」 苦笑しながら邵可がに話す。 「黎深様の周りには沢山の人がいらっしゃるではありませんか。紅家当主である紅黎深という人物が好きというのではなく、紅黎深という人物が好きだというご家族や、お友達。でも、主上はどこまで行っても主上なんです。それでも秀麗だけが、主上ではなく、紫劉輝という青年としてあの方と接することが出来るんです。だから、今回ばかりは大目に見て差し上げてください」 同じ日に大好きな2人からそれぞれ似たようなことを言われた。益々気に入らない。だって、あの王にそれだけ兄と姪が心を砕いている証拠だ。 全く以って可愛げがない。 「そういえば、黎深。玖狼は、貴陽に居るのだろう?」 不意に邵可が話を変える。 「ああ、たぶんそうですね。あいつはまた兄上に挨拶に来ていないのですか?」 失礼な奴だといわんばかりに呟く。 「玖狼も、色々と忙しいんだよ」 そう言った後に「そうか」と何やら納得したように呟いた。 ガタリ、と黎深が椅子から立ち上がる。 「また来ます、兄上。一応、それには目を通しておいてください」 そう言って室を後にする。 もそれについていき、門まで彼を送った。 「玖狼の奴、早まらないといいがな」 ポソリと呟き、を見る。 「でも、玖狼様のお考えは一番正当で秀麗が傷つかない方法だと思います。絳攸様にだって悪い話ではないと思いますよ?」 の言葉に黎深が眉間に皺を寄せる。 「は、望むものは何もないのかい?」 「もう沢山貰っていますから。これ以上は欲張りの域に入ります」 そう言って微笑むに黎深は少しだけ目を伏せた。 「そうか」と呟き、「では、また来るからな」と言って門を出て行った。 は振り返って庭の桜の木を見た。 蕾をつけたと秀麗に話はしたが、彼女はまだそれを見ていない。きっと今回の大仕事をひとつ片付けたら、と心に決めていたのだろう。 秀麗の部屋の窓から人影が見える。久しぶりに秀麗の顔を見た劉輝は立ち去りがたいのだろう。 思わずの頬が緩む。 こんなときじゃないと彼は『紫劉輝』ではいられない。秀麗しか、その存在を認めることが出来ない。 は目を細めてつい、と朝廷のある方角に目を遣る。 「来た、か...」と呟き、俯いて溜息を吐いた。 元々ゆっくり出来るようなところに立っていない妹だ。どのみちばたばたするに決まっているがもう少し、穏やかな日々を送らせてあげたかった。 気分を切り替えるように短く息をふっと吐いて顔を上げる。 「まあ、何とかなるでしょう」 何とかしてみよう。 はそう思い、伸びをしながら家の中に入っていった。 |
『欠けゆく白銀の砂時計』はこれにて終了です。
短かったですね。
秀麗が只管朝廷でお仕事していた巻なのでヒロイン出番が少なかった...
桜風
08.12.14
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