| 奇妙な音が紅邵可邸に響く。音楽と言うには何だかとても違和感のある、宇宙の何かとの交信のための音波と言われた方が納得できる音が家の中に響いている。 本日の賃仕事は午後からで、昼食を済ませて夕飯の下ごしらえをしているところだ。 べつに不況の荒波の中、賃仕事がなくなってきたわけではない。ただ、秀麗が戻ってきていると聞いた仕事先の旦那たちが、大変だろうから、とがゆっくりと家の事が出来るように仕事を減らしてくれたのだ。 生活できるし、自身は麦ご飯が嫌いではないからこのお陰で収入が減り、白いお米が麦ご飯になっても構わないし、今は駆け込み寺状態になっている邵可邸にヤドカリ2人が居るから時間をもらえたのは丁度いい。 しかし、まあ。 もう慣れたけど、慣れたけど...やっぱり慣れたらお終いのような気がして慣れないこととしているはチラリと振り返った。 そこにはヤドカリその1である奇天烈極まりない格好―――少し言いすぎかもしれないが思いきり否定する人は少ないだろうから、秀麗がそう評しているのに準じても心の中でそう表現している―――の藍龍蓮が笛を吹いている。 その龍蓮の姿を尊敬の眼差しで見守っているのはヤドカリその2茶家の新当主となった茶克洵で、その隣にはげんなりした表情の秀麗が座っている。 静蘭はすたこらと逃げた。 静蘭が秀麗を置いてまで逃げる相手、それが藍龍蓮だ。 あの藍楸瑛の弟で、『藍龍蓮』であると聞いたときには驚いたが。やはり天つ才を持つものと言うのは変わり者が多いのだな、と妙に納得してしまう。 因みに、彼は秀麗の国試受験の同期であり、国試が終わってから紅邵可邸に遊びに来たこともある。 「鳥鳥しい鳥鍋が食べたい」と彼が言い、そのために珍騒動があったことが何やら懐かしい。 音が止んだかと思うと秀麗が叫び、「どうしたの!?」とが秀麗の傍に立って苦笑した。 「あーあー...」 龍蓮が邵可邸の畑から大根と蕪とネギを引っこ抜いてきたのだ。 秀麗曰く「あと3日待てばもっと大きくなって一番美味しくなっていたのに!」というものだ。 「まあ、仕方ないわね。また土の中に戻すわけにもいかないから」 藍龍蓮。彼は秀麗の事を心の友と呼び、交流を深めている。 お陰で、こういうこともあるのだが... まあ、今度藍将軍に食材持ってきてもらうことにしよう。 それはそれで酷いことを思うはその耳に声が届いて門に向かって駆けた。 「ごめんなさい、お待たせしました」 門に居たのは、茶州州尹である鄭悠舜の妻の柴凛だった。 「いや、何か立て込んでいるのか?」 「いいえ。ここ数日よく見る光景です。今は龍蓮君が畑の野菜を引っこ抜いてしまって秀麗がお説教中です。ちょっと待っててくださいね、呼んできますね」 「私が呼びにいこう。おそらくそのまま少し出かけることになる」 「分かりました、気をつけていってらっしゃいませ。あ、柴凛さん。もしよろしければお夕飯はうちで食べていかれませんか?」 の言葉に柴凛はすまなそうな表情を浮かべる。 「すまない。私こそ、旦那様に食事を作りたいんだ」 そうだった、とは自分の言葉がいかに軽率かと反省した。 「大変失礼しました。新婚さんになんてことを...」 が言うと柴凛は苦笑して「気にしないでもらいたい。お心遣い、ありがたく頂いておく」と言って秀麗の声が響く方へと足を向けた。 が庖厨に立っていると秀麗が柴凛と共に門の外へと向かっていくのが見えた。おまけが2人ついていくみたいだが大丈夫なのだろうか... 「ただいま」 次に声を掛けてきたのは父の邵可で、その隣には玖狼が立っている。 「お帰りなさい。玖狼様、いらっしゃいませ。お茶をご用意させていただきますね」 「ああ、すまないな。それと、土産だ」 そう言ってに蜜柑を差し出す。 「お蜜柑!わ、凄く美味しそう!!」 が目を輝かせてそう言った。 玖狼は先ほど門で秀麗と会い、秀麗も同じ反応をした。そして、そのときと同様、が喜ぶと殆ど変わらない表情だが、少しだけ緩める。 本日二度目の国宝級の玖狼の表情に邵可は、しみじみと娘たちの偉大さを思い知りながらも娘2人が同じ反応をしたことを笑う。 「お父様?」 が不思議そうに首をかしげる。 「いや、ね。さっき門のところで秀麗に会ったんだ」 「あら、良かった。玖狼様がいらしたのに秀麗が会えなかったら私が文句を言われるところでした」 の言葉に「そうだねぇ」と邵可が同意する。 「秀麗にも蜜柑を土産に渡したのだが、今のと同じ反応をしたんだ。全く同じことを言ったぞ」 玖狼の言葉にはぽかんとして、やがてクスクスと笑い始める。 「本当ですか?何だか少し恥ずかしいですね」 「も、よく頑張っているな。医師になったと聞いた」 玖狼の声が少し柔らかい。 「ありがとうございます。できることがあるなら、しておこうと思いまして」 「いい心掛けだ」 そんな会話をして玖狼は邵可が案内する室へと向かった。 は玖狼と父にお茶を用意した。 先ほど頂いた蜜柑をお茶請けに室へと向かう。 「失礼します」 お茶を持って室に入ると玖狼が拳を握って震えていた。 珍しい光景だ。 そう思って静かに卓にお茶を置く。 「秀麗なら大丈夫です!」 玖狼の言葉にはびっくりした。 取り落としそうになった蜜柑を父がひょいと手にする。 「逆に言えば誰が黎兄上を舅にもてるんですか」 ああ、それはかなり難しい話しだなぁ... はそう思いながらも「ごゆっくりしていってくださいね」と声を掛けて室を後にした。 ああ、秀麗のお見合いの話で玖狼はこの邸に来たのか。今はまだ、あの子は誰の縁談も受けないだろうに... 意外と焦っている様子を珍しく思いながらは賃仕事に出かける準備を始めた。 |
『心は藍よりも深く』に突入です。
龍蓮はフリーダムですよね。
ヒロインは結構拘ることの少ないこだから、彼の突拍子もない行動は楽しく観察できると思うけど、
それはそれで何かを失いそうで心にブレーキをかけています(笑)
桜風
08.12.28
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