薄紅色の花咲く頃 53






たちが庖厨所に着くとかなり呆れ顔の葉医師が居た。

「最初からこちらに来るように文をください。陶老師も早足での移動だったんですよ」

葉医師と目が合うとは早速文句を言った。

「まあ、まあ。経緯を聞くには丁度だったじゃろう?」

それを見越していたんだ、と言わんばかりの表情で葉医師が言う。

胡散臭そうには目を眇めた。

さん?!」

医師が名を呼ぶ。

「こんばんは」とは返した。

も半年前までは大医署で賃仕事をしていたからここに集まっている医師たちとは顔見知りだ。

そして、誰かが思いだしたようにつぶやく。

「さっき、紅州牧。『姉さま』って言ってなかったか?」

ざわりと波紋のように動揺らしき空気が広がった。少しだけ、面倒くさいな、と思った。

「あー、そうです。朱は、本当は紅です。ただ、紅姓って面倒な気がしたんですよね。だから、主上の許可を頂いて『朱』姓を名乗っていたんです。黙っててごめんなさい」

あまり悪いことをしたといった雰囲気を纏わない殆ど形式のような謝罪が目の前で行われた。

もういいだろう、と判じた葉医師は「」と声を掛ける。

「これ、ちょっと切開してみなさい」

そう言ったのは、豚だ。

「捌く、ではないんですよね?」

「肝を取り出して、その後、縫ってみなさい。切開部分は最小限に。誰か、前掛けをに貸してくれんか」

庖厨所の料理人に葉医師が声をかけ、ひとりがもう1枚あるから、と前掛けを貸してくれた。

が包丁に手を伸ばすと葉医師がそれを制す。

「こっちじゃ」

そう言って渡されたのは小さな刃物だ。手に馴染まないそれに眉を顰める。

「人体切開用の器具じゃ」

なるほど、と納得してはそれを手に取った。

豚の腹を切開し、肝を取り出してその傷口を針と糸で縫い、そして、切開した腹の部分も縫う。

その手さばきは鮮やかだった。

「うむ。やはり思ったとおりは即戦力じゃな」

葉医師の評価には肩を竦めた。

料理をするのだから豚の腹を捌くことは有るし、その内臓の位置も頭にある。縫うのだって、色々と繕い物をするから手が慣れている。

つまりはそれだけだ。

しかし、家で家事なんてしない男性人の医師たちはのこの手さばきに尊敬の眼差しを送っている。

「よし、2班に別れるぞ。わしとで教える。、とりあえず綺麗な切り口になる肉の切り方を教えてやってくれ」

葉医師に指示されては自分が教えると割り振られた医師たちに指導を始める。

しかし、まあ。これだけ肉を作るってことは、主上は当分肉料理しか食べられそうにないな...

そんなかなりどうでも良さそうなことを思いながらは庖厨所の中を見渡した。


夜が更けていくと医師たちの集中力が落ちてきて手元が狂い始めてきた。

葉医師とは相談し、医師たちには順番に仮眠を取らせることにした。練習で怪我をして使い物にならなくなったら本末転倒だ。

しかし、順番に仮眠を取っていく中、起きてこられない人物も出てきた。

「間に合いますか?」

「間に合わせんといかんじゃろう」

目の前の光景を改めて確認しては深く溜息を吐いた。


とりあえず、ずっと生き物の血の匂いが充満している庖厨所から外に出て新鮮な空気を吸う。

「ほっほ。休憩かね、殿」

は振り返る。

「お久しぶりです、霄太師」

「今晩は月が出てないのぉ」

空を見上げた霄太師に倣っても空を見上げた。

「まあ...昼間、雪が降ってきましたしね」

「しかし、その昼間に望月は出てたぞ。傍に開いた花は八色の花弁をつけておったな。秀麗殿はその望月を見たと思うが?」

その言葉にはつい、と霄太師を見た。

「彩雲華に、望月ですか...」

月下彩雲紋、それも満月。それは縹家の当主のみ許される紋だ。

「あのジジイ、まだ生きてたのか...てことは、あのオバサンだってピンピンしてるね。うわっ...」

もの凄く嫌そうに呟くに霄太師は面白そうな視線を向けていた。

「楽しいですか、紫霄様?」

先ほどよりも更に厳しい瞳を向けるに益々楽しそうに目を細める。

「これこれ。彩八仙じゃぞ?敬わんか」

「とりあえず、今の私にはあの彩八仙の物語はおとぎ話なので。現実とは混同しませんよ。子供じゃないんですからー!もう、やだなー。霄太師ってば」

からからと笑いながらそう言った。

さっき『紫霄様』って言ったじゃないかと思いながら「ほう、そうかー」と面白くなさそうに呟いた。

「流石の霄も、相手だとすんなりといかんのー」

そう話に入ってきたのは、葉医師だ。

「なんじゃ、お前も出てきたのか」

「血の匂いが充満しとる中で休憩もあったもんじゃないわい。しかし、とうとう縹家に見つかったようじゃな」

不意に先ほどの話に戻されては正直にげんなりとした表情を浮かべた。

「暇ばっかりあるジイサンですからね、今の縹家の当主は。仕事しろってんだ。ったく、暇人め」

「...因みに、の腹は決まっとるのか?」

「さあ?取り敢えず、今は目先の事を片付けないと...」

「まあ、せいぜい足元を掬われんようにな」

そう言って背を向ける霄太師に

「そろそろくたばったらどうですか?」

は声を投げてまた庖厨所へと戻っていった。

「ったく。何て子だ。彩八仙は敬えと言っておろうに」

「お前さんが秀麗嬢ちゃんと王サマを苛めるからじゃろう。にとってはあの2人は妹や弟のようなもんじゃろうからな」

「何じゃい、何じゃい。誰もわしの味方をせんのか」

ぼやく紫霄に

「何の得も可愛げもないからの。仕方ないじゃろ」

と黄葉はあっさりそう返して庖厨所に戻っていった。

結果的に残された霄太師はもの凄く面白くなさそうにふてくされて表情を浮かべて帰って行った。




ちょっとだけヒロイン設定を垣間見たって感じですか?(←聞くな)
ヒロインは霄太師の正体とか普通に知っているみたいですね。
彼女もそれなりに抱えているものがありますからね。


桜風
09.2.22


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