薄紅色の花咲く頃 54






明け方にポツポツと医師たちが目を覚まし始める。

は彼らの寝ている間に葉医師から人体切開についての指導を受けて過ごした。

「寝んで良いのか?」

「3日くらいなら何とかなると思います。その後は強行軍とはいえ、どうにかして眠れると思いますし」

昨晩から庖厨所で、まずは刃物の使い方を学ぶという意味も含めて食材になる豚などを切開していたのだが、刃物を使い慣れていない医師たちは最初はおっかなびっくりで刃を入れていたため、肉がずたずたになり、終いには料理長から出て行けと怒鳴られた。

それでも、と拝み倒して庖厨所での修行は続けさせてもらっている。しかし、余りにも刃の運びが悪いため、それを見かねた料理長が医師たちに刃の使い方を指導し、猛特訓した。

そのお陰でだいぶ見れる切り口になっている。

は朝議が行われている室のある方角を振り返った。

かなり無理を通したはずだ。色々面倒くさい手続き全部すっ飛ばして。しかし、そうしなければ間に合わない。

そこまでしても、今この間に亡くなっている患者はたくさん居るだろう。

「大丈夫じゃよ、秀麗嬢ちゃんなら。何せ、官吏とは何かをいつも胸に問うておるはずじゃからな。官吏とは、何のためにあり、何を守るためにあるものか。そこが揺らぐことがないから、絶対に折れないだろうし、負けんさ」

「...黄葉様は、人がお嫌いなのでは?」

飄々とが言った。

葉医師は苦笑した。

たしかに、黄葉は人が嫌いだ。否定はしない。

「それでも、その存在を全否定できんものが、『人間』じゃよ」

「私はあなた達みたいに長い間の歴史をこの目で見ていませんからね。そこまで広い視野は持てません。多くのものを平等に見ることは出来ません。命に貴賎はないといいますけど、それでも身内が一番です。なにか..身内を助けるために他の命を犠牲にしなければそれが叶わないとなれば、迷わず他の命を奪うと思います」

「まあ、そうじゃろう。おそらくそれが、人の性なんじゃろうな。しかし、なんてのは、まだまだヒヨッコもいいところじゃ。無理に背伸びして大きく見せる必要はない。身の丈を知るのが先じゃ」

楽しそうに笑う彼には苦笑した。

殿、いいですか」

医師のひとりに呼ばれる。

「はいはい」と返事をしながらはそちらに向かった。

「ああ、葉医師。少し体を休めてください。一応、お年寄りなので無理は禁物です」

の言葉に葉医師は笑う。

「なら、少し休んでくるかの。何かあったら遠慮なく起こしに来るんじゃぞ」

「はい、遠慮しません」

が笑って返し、葉医師も笑って庖厨所を出て行った。


昼になり、昼食のための休憩を取ることになった。

指導役の自分には休憩などと言うものはないだろうと思っていただが、休憩と睡眠なしでずっと此処まできているので、休憩を取るように葉医師に言われた。

「まだいけますよ?」

「ここからの方が大変じゃ。今のうちに休んで来い」

そう言われては血だらけの前掛けを外した。

庖厨所の奥の方では昼食が作られている。

「手伝わせてください」

が声を掛けると料理人は一斉に料理長を見た。

「...いいだろう」

先ほどまで見ていたの包丁裁きを見ていた料理長は頷く。

「ありがとうございます」と礼を言ってまた今度は料理用の綺麗な前掛けを借り、は日の前に立った。

思ったとおり料理の手が速い。

テキパキと、宮廷の料理人顔負けの包丁裁きと手の速さで周囲を唸らせる。

あっという間に数品作り終えた。

その数品の中には饅頭もある。

「これ、何個かもらって行っていいですか?」

が聞くと料理長が頷いた。

「ああ、持ってけ。これだけ大量に肉の食材が出来てるんだ。冬とはいえ、放っておいたら結局腐るし、そうでなくとも古くなった肉は主上にお出し出来くなるからな。全員で腐る前に消費した方がよっぽどいい」

「ありがとうございます」と料理長に礼をいい、葉医師に休憩してくる旨を伝えて庖厨所を後にした。


がまず向かったのは、秀麗の居る室だ。

人に聞いていけばちゃんと教えてくれる。何と言っても、秀麗は有名人だから。

室の扉の向こうから人の声が聞こえた。

これは、待っていてもダメかな、と思っていたら扉が開き、人が出てくる。全商連の偉い人のようだ。そんな雰囲気を持っている。は少し頭を下げた。

「ああ、いい香りですね」

不意にそう声を掛けられて驚いた。

「おひとつ、召し上がりますか?」

たくさん持ってきたから大丈夫。

「いいえ、ありがとう。少々時間がないので失礼させていただきます。本当、後ろ髪を引かれますけどね」

彼はそう言って遠ざかっていく。

「姉様?」

扉が開き、ひょこと顔を出してきたのは秀麗だ。

「お弁当、持ってきたわ。悠舜さんもいかがですか?」

は室に顔を覗かせてそう言った。

「ああ、ありがとうございます。秀麗殿、少しだけ休憩しましょう」

秀麗たちも昨晩からずっと働きづめだ。

「そうですね、お茶を淹れます。姉様は?」

「ああ、私はすぐに出るから。これを差し入れに来ただけ。入れ物は..室の外に置いておいて。時間を見つけて取りに来るから」

そう言ってが室を出ようとした。

「姉様!」

秀麗に呼ばれて数歩下がって室の中に戻る。

「なに?」

「人体切開、何とかなりそう?」

不安げに見詰めてくる妹にはニッと笑った。

「『何とかなる、ならない』、じゃなくて『何とかしてみせる』かしらね。あなたが頑張ったんだもの。私だって頑張るわよ。信じて頂戴」

の言葉に秀麗は力強く頷いた。

悠舜に目礼をしてはその室を後にした。




本当は秀麗も休憩する時間なんてないんだろうなーって思います。
彼女こそ本当に時間に追われて色々と大変でしょうしね。
でも、だからこそ。ほんの少しでも休憩が取れるようにというお姉ちゃんの配慮ってことで。


桜風
09.3.8


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