薄紅色の花咲く頃 58





医師たちの指導のため殆ど寝ていなかったは馬上で器用に寝ていた。

荷を運ぶのに馬車を使うと聞いていたが、今は時間が惜しいため、物資は物資で全商連が独自の経路で運び、茶州州牧は医師を運ぶ役を担っている。役割分担だ。

そして、運ぶのが人と少しの物資であるなら、やはり最も速い『足』は馬だった。

昼夜を問わず雪道を駆け抜ける集団。

秀麗と鄭悠舜が羽林軍の将軍2人に言ってみたのだ。茶州の境までちょっくら寒中馬術訓練をしないか、と。しかも、重石つきで。

それに将軍たちが乗り、秀麗は貴陽で最も速い足を多く確保したのだ。

馬が止まり、は危うく馬上から落ちそうになった。騎手である羽林軍の兵士が慌てて支える。

しかし、どうにも神経が太い人だな、と感心するやら呆れるやらでちょっと可笑しくなる。

「到着、ですか?」

「いいえ、問題のようです」

が顔を上げると城郭の前で止まっている。どうやら、通行止めを食らっているようだ。

ここに来るまでの道のりにあった村では石を投げられた。女州牧が病の原因とされているため、同じく女であるも投石の的とされたのだ。

村人はどちらが州牧であるか分からない。だから、どちらとも攻撃をしてきた。

秀麗は一応『重石』の先頭だから後方のの様子は分からない。しかし、村人たちが「後ろに居る女も災厄を連れてくるに違いない」と声を上げていたのでが的にされたことも想像できただろう。


―――災厄の元。

懐かしい、とは少し可笑しくなった。昔、そう言われた事があった。時間的にはそんなに遠い昔ではないのに、今思うとどうにも遠く感じる。

きっとそれだけ今の自分が幸せなのだろう...

そんなちょっと昔のことを思い出したもさてさて、どうしたものかと思っていた。

前方では葉医師が城郭を見上げている。

しかし、ここを抜けなければ茶州に入れない。

城郭を見上げていたの傍をポカポカと少し速い蹄の音がして柴凛が秀麗の方へと向かう。

「降ります」

が羽林軍の兵士にそう言った。彼は驚いたが、手を貸してくれた。

「ありがとうございます。私を乗せてくださっていたので石とか投げられてごめんなさい」

「いいえ!そんな...病の原因が女州牧と信じている村人がその..」

言いよどむ。

何だか素直な人なんだな、とは彼に気づかれないように小さく笑った。ここで笑ったらやはり失礼だろうから。

「ありがとうございます」

もう一度そう言っては頭を下げた。そのとき、丁度城郭から人が飛び降りてきた。の傍に立っていた兵士が驚いたように目を丸くしている。

は笑った。本当に『官吏』というのは凄いものだ、と。

「長い道のりをここまで最短時間で運んでくださってありがとうございます」

もう門は開かれる。

は自分を乗せてくれた羽林軍の兵士に頭を下げた。

彼はとても居心地悪そうに目を泳がせる。

彼の気持ちを何となく察したは微笑んだ。十分だ、と。

彼もの笑顔に込められた気持ちを汲み取り、頭を下げる。

「燕青!」

が声を掛けた。

「お?おっきい姫さんも一緒か!」

驚いたように、少し嬉しそうに燕青が声を上げた。

「久しぶりね。というか、何?その髭もじゃ」

眉を顰めてが言う。

「あー、ほら。姫さんたちがこんなに早く来るなんて思ってなくてさ。剃る時間がなかったんだよ」

先ほど秀麗にそれと同じ嘘を吐いた。そして、柴彰に告げ口をされたというのにまた同じ嘘を吐く。

そして、柴彰も先ほどと同じようにただ面倒くさがって剃らなかっただけだと髭もじゃの理由を告げ口した。

は苦笑し、改めて柴彰に向き直って頭を下げた。

「紅です。医師として派遣されました」

『紅』ということに驚きはしたようだったが、それでもさすが全商連の人間である柴彰はのことも知っていたようで彼も挨拶を返した。


全商連が医師団を休めるという意味も込めて城門前に天幕を張ってくれた。

秀麗と楸瑛が掻い摘んで現状を説明しているようで、燕青も茶州の現状を話しているのだろう。

遠いところに居るんだな、とは少し寂しくなった。

「ま、アレが秀麗嬢ちゃんの仕事じゃろう」

不意にそう声を掛けられては驚き振り返る。

が驚いたのが珍しく、楽しかったのか葉医師は「ほっほっほ」と笑っている。

少し悔しいな、と思った。

自分の思っていることを見透かされたことも、気配を気取ることができなかったことも。

「まあ、我々の仕事はもう少し後ですものね」

負けた感じが悔しくて平静を装い、は配られた茶を飲んだ。温かかったはずのそれは、既に温いを通り越して少し冷たい。

話が終わったのか楸瑛が馬に乗った。馬上の楸瑛は近くに居なかったを探してみる。

少し離れたところに居たが羽林軍の様子に気づいて近づいてきた。

馬上の楸瑛を見上げ、「お世話になりました」と頭を下げる。

彼らの訓練はここまでとなっている。だから、この先には進めない。

少し歯がゆそうにしている楸瑛をは少し面白そうに見上げていた。その表情に気づいた楸瑛は苦笑していつもの少し澄ました、飄々とした、絳攸の言うところの『常春頭』な楸瑛の表情となる。

殿、気をつけるんだよ。無事に帰っておいでね」

「藍将軍も帰りの道中お気をつけて」

「重石がなくなるから少し速く戻れるよ」

「休憩しながら戻られたほうがよろしいのでは...?」

「いいや、ゆっくり帰ったら将軍たちがきっとうるさいからね」

悪戯っぽく笑う楸瑛には思わず笑った。

「また殿の美味しい菜を食べたいよ」

「材料はお持ちくださいよ?」

の言葉に楸瑛は笑った。

「ではね」と言った楸瑛は部下たちに声を掛けて引き上げていった。一度振り返るとはまだ見送ってくれていたようで手を振る。

どうしてか、彼女が近々遠くに行くような気がした。

頭を振ってそんな奇妙な予感のようなものは気のせいだと自分に言い聞かせて手綱を振り、馬を走らせた。




『光降る碧の大地』突入です。
この話のうちにヒロインのあれやこれやを出す予定にはしています。
まだ書き終わってないので、なんと言うか...出せないまま終わる可能性もありますけど(苦笑)


桜風
09.5.10


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