薄紅色の花咲く頃 61





ガタン、と馬車が止まった。

少し急に止まった感じだったが、着いたのか、と医師たちは荷台から顔を出そうとした。

「まだ顔を出さない方が良いぞい」

そう言ったのは、葉医師では不機嫌に目を眇めた。そとの様子が何となく分かったのだ。

まだそんなことを、とは苦々しく思う。

外ではなにやら話し声が聞こえてきた。

カタリ、と音がして医師たちが視線を向けるとが降りていく姿が目に入った。

「紅医師!?」

はちらりと振りかって微笑んだ。


物々しい空気が漂う中、は静かに足を進める。

前方には秀麗と燕青、そして知らないおじさん。その先には鍬や鋤などを持ち武装している男の集団。彼らは一様に異様なまでに目をギラギラさせてさっきを漂わせている。

「疑わしいものはすべて始末するの?今、あなた方が石榮村の皆さんと同じことに陥ったとして、同じようにすべて殺してしまえといわれて納得できますか?」

通り様にがそういった。

その声で秀麗はが馬車から降りてきていたことに気がついた。

「お!お前は誰だ!!」

武装集団の一人が叫ぶ。

「茶州州牧の要請を受けて貴陽から来た医師団のひとりです。ここで紅州牧とあなた方の押問答が終わるのを待つ時間がもったいないので、城門の中に入らせてもらいますね。のんびりと終わるのを待っていてその間に助けられる命が失われていくなんて医師として非常に情けないことなので」

そう答えながらはそのまま城門へと向かっている足を止めずに答えた。

「ま、待て!あの女州牧が連れて来たやつなんだろう。そんなやつ、通せるか!」

そういって持っていた鍬を持ち直した。

「...それは、命を育むためにあるものだと思うのですが?」

足を止めてそういった。

「う、うるせぇ!!」

「人を殺したその鍬で畑を耕し、命の糧とすることがあなたは出来るのですか?耐えられますか?人の命を奪い、その人の血がしみこんだ鍬で育てた野菜などを口にすることが出来ますか?」

そういっては再び足を進める。

「か、帰れって言ってるだろう!お前も、そこの女州牧も!!」

男たちは一斉にに向かってそれぞれ手にしている武器を向けた。

「やめてーーーーー!」

男たちの間からまろぶように出てきた少女が居た。

「何で..なんでそんなひどいことをするの?もう良いじゃない。何もしてないのに、お父さんやみんなが死んじゃって...これ以上どうしようって言うの?せっかく、せっかく来てくれたのに..お母さん、助けて..れるって、ったのに...」

は彼女に向かった。

幼い彼女はを見上げる。

「た、助けてくれる..って」

「ええ、助けに来たの。この茶州の州牧の要請を受けて。あなたの家族たちを助けに来ました。もう、大丈夫よ」

膝をつき、彼女に手を伸ばす。

―――大丈夫。

一番聴きたかった言葉だ。そして、お医者様の後ろにいる役人の偉い人も言っていた。『助けに来た』と。

自分に向かって差し伸べてくれたその手を取る。母親を思い出す、暖かい、やさしい手だった。

影月が石榮村で言っていた。必ず助けは来る、と。

そのとおりだった。

「う..うっせえ!」

はついと目を眇めた。武装集団を率いているのは武官のようだった。しかし、上官であると思われる人物は秀麗のそばに居る。

では、彼はいったいどういった存在だろう。

いや、そんなことはどうでも良い。

「あっちのお姉ちゃんのところに」

泣きながらこの場に出てきた少女に向かってはそう声をかけた。

躊躇いがちに彼女はに言われたとおり秀麗に向かって駆けていく。

その姿を見届けたは男たちに向き直り、「おどきなさい」と静かに言った。

有無を言わせないその声音に男たちは困惑する。重圧のような何かが自分の肩に圧し掛かるような錯覚を覚える。

「お退きなさい、といっているのよ」

ごくりと誰かの喉が鳴った。

「ふ..ふざけんな!」

勇気を振り絞って、誰かが叫んだ。叫ばなければ恐怖に押しつぶされそうな感覚だった。

は静かに男たちを睥睨した。

そのとき、城門の中から馬が駆けてきた。

青年官吏が秀麗のそばに居るおじさんに報告をする。彼は『丙太士』と呼ばれていた。この虎林城の責任者が彼なのだろう。

そして、その報告を聞いては口角を上げた。馬車から降りた葉医師が秀麗の隣に立っており、に向かってにっと笑う。

青年官吏の報告を聞いて男たちは狼狽した。

「こんの宿六がぁ!何やってんだい!!とっととそこをおどき!!」

凄い雷が落ちた。も思わず肩をすくめる。

「ったく、男たちは切った張ったばかりだ。あんたたち一匹産むのにあたしたちがどれだけ命を張ってると思ってんだい?それなのに、すぐに戦に行って挙句に死んで。1回子供を産んでみりゃ良いんだ。そうすりゃ誰かを殺そうだなんて思いやしないよ!さあ、その物騒なものを下ろしな。それは命を繋ぐもので人殺しをするためにもんじゃないよ」

「い、いや...俺たちはお医者様は殺すつもりは...」

しどろもどろに答える村人たちには苦笑した。

さっきまで殺す気満々の殺気を向けられていたのだがなぁ、と。

「いいかい?あんたたちが馬鹿なことを考えて集会を開いている間に、偉いお役人様たちが1軒1軒頭を下げにきてくれたんだよ。嬉しいじゃないか。つまり、あたしたちが同じ目にあっても同じように助けるために駆け回ってくれるってことだろ?それこそ、年貢の納め甲斐が有るってもんじゃないか」

彼女はを見た。

「お医者様かい?」

「はい」

は頷く。

「お世話になります」

頭を下げたに彼女は声を上げて笑う。

「任せといてくれよ。縫い物は毎日している。得意だよ」

頼もしい彼女の一言に、は頷いた。患者の居る建物の場所を聞いて駆け出す。

ふと、視界の端に少年の姿が入る。

彼はじっとを見ていた。

ああ、見つかったかな?

は口の中でそう呟いた。




ヒロインは度胸があると言うか...
秀麗もどきどきですよね、無茶するお姉ちゃんに(苦笑)
ヒロインがしゃしゃり出たせいで、おばちゃんのかっこよさが減ってしまったような...(汗)


桜風
09.6.28


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