薄紅色の花咲く頃 62





医師たちは強い、死のにおいが立ち込めたその光景に呆然としていた。

事前にその症状を頭に叩き込んできたが、それでも目の前に突きつけられた現実は彼らの想像をはるかに超えていた。

特に、若い医官たちはめまいを覚えて立っているのがやっとだった。

「やはり、肝か」

「そうですね、ここから波動を感じます。虫の巣と見て間違いないでしょうね」

患者を触診したが答える。

「まったく、虫の居所が悪いっていうのも今回ばかりは洒落にならん。よし、湯。それと、濃度の高い酒―――茅炎白酒を運ばせておいたはずだ―――あと、清潔な布と服!上等な綿!用意は出来てるか!」

「出来てます!」

先に来ていた薬師や鍼師の返事を聞いて葉医師は頷き、指示を出す。

は別室に向かった。今着ている服を脱ぎ、清潔な服に着替えるためだ。

部屋を後にする際、自分と共にやってきた医師たちの表情を見た。あれは、ダメかもしれない。

と、なると薬師や鍼師の人数は確保できているが医師の数が足りないことになる。

自分と葉医師。そして、まあ、年配の経験を多く積んだ医師数名。

そんな少人数でどれだけの患者を救うことが出来るのか...

秀麗があれだけ無茶をして朝廷内を駆けずり回り体を張ってここまでこぎつけたというのに、もしかしたら医師たちのおかげで残念な結果になるかもしれない。


着替え終わったが戻ってみるとすべての医師が着替え終わっており、葉医師の指示を待っていた。

、お前には何も言わん。薬師と鍼師にも指示は出しとる」

「縫合は?」

「おばちゃんたちに任せい。お前は虫の巣の除去に集中するだけで良い」

葉医師の言葉には頷き、寝台へと足を向けた。

その背後では葉医師の怒号が響く。外に新しい遺体があるからそこで練習をしてから戻って来いという指示を出している。

まあ、ぶっつけ本番とは言ったものの、それをして失敗ばかりになっては意味がない。

彼らのどれだけがここに戻ってくるか分からない。最悪、葉医師と2人で数十人の治療を行うことになるだろう。

いや、ここに居る者だけがこの病に罹っているわけではない。これから続々と増える可能性だって否定できない。




「大丈夫か、

声をかけられてゆるりと顔を向けた。

助けられた命、助けられなかった命。それらすべて平等で尊いものだ。

「...大丈夫じゃない、と私が言うとお思いですか?」

「言えんだろうな」

少し離れたところで秀麗が二胡を引いている。彼女の今の音色はあのときの、王位継承争いのあったあの悲惨な城下を思い出す。

「葉医師は人がお嫌いです..よね?」

「嫌いじゃな」

「けど、亡くなるとやはり悲しいです..か?」

「意地が悪いのぉ」

そういって葉医師は苦笑した。

「ごめんなさい」とは小さく謝る。

「やれるだけのことをやって、その結果じゃ。胸を張ってもええ。を含め、皆すべてを出し尽くした。3日間寝ずに殆ど休まず..よくやった」

は空を見上げる。満天の星昊だった。

「お医者様」

不意に声をかけられては振り返る。少し、緊張をした声で「はい」と答えた。

この人のことは知っている。彼女の夫は、自分が執刀した患者の一人だった。

「お休みにならないのですか?ずっと治療をしてくださっていたではありませんか。あちらで暖かい食事を用意しております。どうかお休みください」

周囲を見ると気を失った医師たちを介抱している石榮村の住人たちのようだった。

「最後まで、夫を見捨てないで頂いたことに感謝しております」

彼女にそういわれては視線をそらす。

、休め」

葉医師に言われたはしばらく悩み、頷く。

「葉医師。秀麗に伝えておいてください。絶対に明日一緒に行くから。置いてったら暴れちゃうから、と」

の言葉に葉医師は「ほっほっほ」と笑い、「嬢ちゃんに伝えておこう」と請負ってその場を去っていった。




彼女にとっても怒涛の3日間だったでしょうね。
色々と達観していても、人間ですから。葉医師と違って...
でも、患者の家族の方は凄いなって。
どんなに頑張ってる姿を目にしても大切な人が亡くなったら、
恨み言のひとつやふたつ口にしたくなるものじゃないかなーって。
それを口にしようと思わないくらい医師たちが真摯に治療に当たったって事なのかもしれませんけど...


桜風
09.7.12


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