薄紅色の花咲く頃 66





コツコツと靴音を響かせて彼女は歩いた。

わずかに扉の隙間が空いている部屋があった。

隙間から中を覗くと男性が2人。そんなに屈強な体つきではないが、やはり2人を1人で相手にするのは少々骨が折れる。

そう思って中の様子を静かに見守っていた。

彼らはどうやら『異能』の持ち主のようだった。

漏れ聞こえる会話から察することが出来た事実に彼女は溜息を吐く。

ああ、相変わらず腐ってるな、と。

殆ど持たないその家での過去の思い出に耽っていたため室内の男たちの動向に気が付いたのは彼らが扉を開けたときだった。

男たちは彼女の存在に気づき、自分たちの行動を見られたからには生かしてはおけないと『異能』を使おうと手を伸ばしてきた。

彼女はとっさにひとりに左手を伸ばした。

何事かを呟いた彼女に触れられた男は『消えた』。残った男は「禍つ力...」と呟き、『異能』により逃げようとしたがそれより早く彼女に捕らえられて共に居た男と同様に消えた。

彼女の額には玉のような汗が吹き出ていて顔色も悪い。痛みか苦しみか、もしくはその両方か。それらに耐えるように、やり過ごすように彼女は暫く声を殺して蹲っていた。

その場に残ったものは彼の着ていた衣服のみだ。彼女はそれを見つからないように隠して部屋の中に入る。

部屋の寝台の上に人が寝ていた。まだ少年だ。

正しくは『人』ではなく、『魂の器』というべきものだろう。彼らの感性から言えば、そんなところだ。

しかし、その器はもう使えない。首と胴体が離れている。もう魂が戻れる体ではなかった。つまり、この魂の持ち主は今の器を失くせば戻るところがなく、死以外の道はない。

さきほど彼女が消した男たちが言っていた。この器にも、魂にも用はない、と。

彼女はその寝台の上の少年の顔を見て納得した。

きっとこの子はあの女の子供だ。

あの女に振り向いて欲しくて、あの女に自分を見て欲しくてこんな道を選んだ。

愚かだ。

あの女のいちばんは、あの男だというのに...

あの女はその男のためなら生まれたばかりの嬰児をごみのようにたった一人牢に投げ込むことを厭わない。むしろ、そうするのがあの女の中の正義..いやそんな大義名分は必要ない。あの女にとってあの男がいちばんであることは当たり前なのだ。

愚かしく、そして純粋な少年の姿をした器に彼女は目を瞑り、ほんのわずかな時間だがこの子の冥福を祈った。

ただ、せめて彼はこの体に戻ってくる前に自分の死を自覚できれば、と思う。

そうすればこの首が離れたという喪失感や、この体にまだ残っているかもしれない痛みを感じずに魂を昇華することが出来る。

ふと、『異能』の気配がした。

大きな、強い力。

「秀麗...」

彼女は呟き、その部屋を後にした。


廊下の端では彼女の背を見送る姿がある。

彼は彼女が出てきた部屋に入った。そして、目を瞑る。

いとこはもう死んでいる。

今は別の体に魂を入れているが、その魂が帰ってくる場所がなくなっていた。

酷い、と少し思う。

しかし一方では、この少年のことを愚かだとも思った。彼の気持ちは分からなくもないが、それでも手を伸ばして触れられるものと触れられないものがこの世に存在することはまだ十数年しか生きていないにしても悟ることが出来るに十分な環境で育ったはずだ。

そして、今部屋からか出てきた彼女の正体が気になった。父に聞けば分かるのだろうか...

このいとこの体をこのようにしたのは彼女ではない。証拠はないが、そう思う。たった数日一緒に居ただけの『他人』をここまで信じる自分に多少の戸惑いを覚えるが、それでも間違っていないと思う。

こんな冷酷なことをするのは自分と同じ血を持つ縹家の者だ。

縹家の異能の力を使い、この器を壊した。縹家が『器』と称しているその証拠に、首と胴が離れているのに出血がない。

こんなありえないことをしてのけるのが、『異能』だ。

自分にはなく、少なからず憧れとか焦がれる気持ちがあるその力は非常で残酷なものが多い。

彼は少年の頭に手を伸ばす。

もう彼の声は聞けない。この顔が笑顔になることも、涙を流すこともない。

最後くらいは、流せたらよかったのに...

何となくそんなことを思いながらこの少年がいるはずの部屋を目指した。




名前変換箇所なし。
『彼女』について、ぼやかしてみたけど..ぼやかすひつようがないですよねぇ...
まあ、そういうことです。


桜風
09.9.13


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