薄紅色の花咲く頃 69





秀麗はひと月もしないうちに貴陽へ帰る。櫂州牧がやってきたら彼に引継ぎをして、そして州牧の任は解かれることになっている。

だから、貴陽に帰る前に今までお世話になった人たちを招待して食事を振舞うことを企画した。

ちょうど休日は2日間ある。

だから、1日目に材料を調達して、2日目にその食事会という運びにしようとしていたのだ。


「姉様も行くでしょ?」

食事の片づけをしていると秀麗に声を掛けられ、は首を横に振る。

秀麗たちは1日を全て材料の調達に費やすのは何となく勿体無いということで、茶州の名所を巡るということに決めているのだ。

つまり秀麗と影月と香鈴、そして龍蓮はこの名所巡りに行くことになっている。

「えー!なんで!!」

「お弁当は作ってあげるから」

「そうじゃなくて...」

残念そうに秀麗が恨みがましく呟く。

「最近忙しくてね。ゆっくりできるときにゆっくりさせてよ」

苦笑したに秀麗は俯く。

そういえば、あの洞窟から出て以降ずっと茶州の民のため、奔走してくれていた。

「わかったわ」

俯いたまま秀麗はそう呟き、ぱっと顔を上げる。

「じゃあ、明日のお弁当にはお饅頭入れてよ?姉様のお饅頭、美味しいもの!!」

「任せなさい」

は優しく微笑んで頷いた。


翌朝、は日が昇らないうちに起きて秀麗たちにお弁当を作る。

あのあと、静蘭も出かけると言っていたので彼らの分も用意していると「おはようございます」と声を掛けられた。

振り返ると香鈴が居た。

「まだ寝ていていいのに」

「いいえ、お手伝いさせてください」

「そうね。影月君も一緒に行くものね」

「な!ち、違います!!秀麗様に...!!」

の言葉に香鈴は必要以上に狼狽した。

「えー、ホント?じゃあ、影月君の好きなものは私が作ってみようかなー」

「え!?」

新鮮だ...

秀麗はどうにもそういうことに鈍いから、こういったことでからかうことが出来ない。その分、この香鈴の反応は面白い。

「冗談よ」

の言葉に香鈴はほっと息を吐く。

様は、今日はこの邸でゆっくりされるんですよね」

「まあ、ちょっとは出かけるかも。一応、掃除とかできることはやっておくから、ゆっくり帰ってくればいいわよ」

の言葉に「ありがとうございます」と香鈴は頭を下げた。


こちらに来て以来、秀麗以外の子と一緒に庖厨に立つことが増えた。

香鈴は本当にできた子で、秀麗は普段忙しくて睡眠を取れるときには取るようにさせているし、帰って来られないこともしばしばで、結局が帰宅すると香鈴が食事を用意して待っているとか、ちょうど支度を始めたところとかになっている。

今朝も、秀麗よりも早く起きての手伝いをしているという状況だ。

様、あの金魚のフン、どうやったら大人しくなると思いますか?」

ここ数日、この邸で過ごしている龍蓮は、いわば香鈴の好敵手となっている。

香鈴の大好きな秀麗と影月から離れないのだ。

仕事中はもちろん大人しくしているが、この邸に戻ってきた途端、あの2人のどちらかにくっついて離れない。

「親鴨の後をくっついて歩く子鴨って思えばいいんじゃない?」

「そんな可愛いものですか!!」

包丁を振りながら香鈴が抗議する。

まあ、親鴨よりも大きいよねぇ...

は少し斜めにずれたところで納得して頷く。

「でも、ほら。龍蓮君にとって大切な友達で。あの子達が無事なのが嬉しいのよ。くっついていたらそこに存在があるって言うのを肌で感じられるでしょう?」

「それは、..そうですけど」

「悔しいなら、香鈴もくっつけばいいじゃない」

しれっというにまたもや香鈴は包丁を振ります。

「できません!そんなはしたない!!」

「...香鈴ちゃんが秀麗にくっついてもはしたないなんて誰も思わないと思うんだけどなー」

の言葉に香鈴の顔が真っ赤になる。

「な..!そ、それはそうですけど。秀麗様はお仕事でお疲れになっているんです。ゆっくり休ませて差し上げたいって思うのが本当の思い遣りじゃないですか!!」

素直な良いこだよなぁ...と思いながらは心の中で苦笑を漏らしつつ、

「でも、まあ。ほら。秀麗は特に嫌がらないだろうし、甘えちゃいなさいよ。香鈴ちゃんは子供じゃないかもしれないけど、大人でもないでしょう?秀麗は、ウチでは一番下だから、香鈴ちゃんのことは妹みたいに可愛いって思ってるはずよ。ちなみに、私はそう思ってる。2人目の妹かー、得したなーって」

といった。

まんざらでない様子の香鈴は「ありがとうございます」と俯いて礼を言った。

「ま、たぶん私は秀麗よりも長く残るからこっちに」

が言うと驚いたように顔を上げた。

「秀麗様とお帰りにならないんですか?!」

「うん。せっかくだし。貴陽から一緒に来た医師たちもこっちに残るって言うのが居るから、彼らと一緒にもう少し滞在させてもらいたいなーって思ってるんだけど。葉医師にはまだ相談していないから、葉医師が残るって言うかもしれないし。そうなったら私は帰らないといけないだろうし。どうだろう...」

最終的には独り言になっているの言葉に香鈴はぽかんと彼女を見上げていた。

「居残り大丈夫ってなったら、もうちょっとの間よろしくね?」

の言葉に香鈴は呆然としたまま頷いた。

香鈴にとっては、秀麗の姉ということで既にへの好感度は高い。

だから、居残りしてもらえるなら嬉しい。もちろん、医師としてののことも尊敬している。

あの影月をして『名医』と言わしめたのだから。




『光降る碧の大地』が終わったのに、番外編の方に寄り道しちゃったので、微妙に終わっていないという...
ちょっと秀麗が茶州とのお別れが終わるまで『光降る碧の大地』時間軸にお付き合いくださいませ。


桜風
09.10.25


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