薄紅色の花咲く頃 70





今朝、香鈴が起きてくるよりも早く静蘭たちは家を出た。

曰く

「仕事です」

だそうで。

思いっ切り後ろ髪を引かれる思いをしている燕青を静蘭が無理やり引っ張っていったのだ。

「今日はお出かけにならないのですか?」

静蘭の問いには首を横に振る。

「ちょこっと出かける」

「んじゃ、おっきい姫さんは姫さんたちとは一緒に行かないのか?」

「うん」

が一緒に出かけないことを知らなかった燕青がそう言い、は頷いた。

「危ないところには行かないように」

「はーい。2人も、明日のご飯までには戻るようにね」

内容を言っていないのに、彼女がそういう。


「おっきい姫さんって、何か不思議だよなー」

邸を後にして目的地へと向かいながら燕青が呟く。

「...先に行っていろ」

そう言って静蘭は道を戻っていった。

「おー」と燕青は静蘭の行動を大して気にした様子もなく軽く手を振って応え、そのまま目的地へと向かった。


邸の門から4人が出て行った。

危うくばったり出くわすところだった。

慌てて隠れてやり過ごした静蘭は邸の中に戻る。

ガタリ、と物音がしては構えた。

今はまだ、ダメだ。

しかし、その気配が知っている人のものだと気が付き、ほっと息を吐く。

「どうしたの、忘れ物?」

少し動けなくなっていた静蘭はの声で我に返ったようにビクリと肩を揺らせた。

瞬間的にだが、が放った殺気。

あれは、何だったんだろう...

「あ、いや。あー...」と何とも奥歯に物が挟みまくった感じの返事だ。

「どうしたの?体調崩した?燕青だけで何とかなるお仕事なの?」

心配そうにが見上げてくる。

「いや、なんでもない。あ、えーと。無茶、するなよ」

静蘭の言葉には苦笑した。

「なに、突然。気持ち悪いよ?むしろ、静蘭たちのほうが無茶しないようにね。大変なんでしょ?休日出勤だし」

真顔で言われて、静蘭は渋面になる。

「最近、というかあの邪仙教の頭のこととか。お前、何か変だろう」

呆れ口調で静蘭が言い、は肩を竦める。

「そ?」

「誤魔化している」

「あはははー」

堂々とした誤魔化しに、静蘭は溜息を吐く。

そんな静蘭の反応には笑った。

「大丈夫よ。意外と心配性ね」

目を細めて言うの表情に静蘭は、少し安心した。

いつもの、の表情だ。

彼女は心配すると安心したように、嬉しそうに笑う。

口では結構面倒くさがっているようだが、表情はそうではない。心配されることを『幸せなこと』と思っているようだ。

自分と違ってあの家で育った彼女は愛情を与えられることを特別と思っていない。

幸せなことだということは、秀麗もあの家で育ってても知っている。

は自分と同じだと聞いた。

しかし、どのように同じかまでは聞いていない。

聞いても仕方のないことだと思っている。今の関係は変わらないし、それを不満とも思っていない。

自分は家人として大切にされているし、はあの家の長女として大切にされている。お互い、あの家が好きで、恩返しみたいなのをしたいと考えている。

特になんら変わったところはない。

「で、静蘭。まさか、そうやって釘を刺すために戻ってきたの?燕青が大変でしょう?」

確かに、たぶんそうだ。の様子がおかしかったから、戻ってきて、釘を刺しにきた。

そのはずだが...

どうやら何だか違う気がしてきた。

何か、焦燥感に駆られる。今、何かしなければならないような...

その『何か』が全く見当が付かない。

「あ、いや...」

「じゃあ、ほら。サボったって悠舜様に怒られるわよ。容赦ないんでしょ、あの方。仕事のことになると」

それは確かにそのとおりで、笑顔で押し切る静蘭でもかわすことも丸め込むこともできない人物だ。

「ああ、じゃあ...」

やはり煮えきらず、しかもすっきりしない面持ちで静蘭は邸を後にする。

「勘が半端にいいからねぇ...」

静蘭を見送るのに門の外に出て、自分の声が聞こえないところまで彼が遠ざかったところでは呟いた。

たぶん、彼の胸の中で形になっていないモヤモヤとしたものはたぶん、半分正解だと思う。

あの聡さが、紫清苑という人物をこの世から葬った原因だろう。

さて、そろそろ支度をせねば...

は邸の中に戻って庖厨へと足を運んだ。




静蘭は勘は良いけど、彼女のほうが一枚上手ってことで。
彼女は彼女で静蘭の勘のよさに冷や汗を流したことが何度もありそうですよね。


桜風
09.11.8


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