薄紅色の花咲く頃 71





人払いを済ませた室に突然人の姿が現れる。

「突然の来訪をご容赦いただけますよう...」

そう言って恭しく礼をとったのは、ついこの間茶州の州牧として就任してきた紅秀麗の姉で、医師として今回の事件で派遣されてきた紅だった。

「事前に文は届いておりました」

彼女もまた、礼に応える。

椅子を勧めて座るように促した。

はそれに応じ、ふと、思い出して腰を上げる。

「お土産があるんでした」

そう言って持っていた風呂敷を空ける。

「さっきふかしたばかりで温かいのですが、いかがですか?」

「これを、貴女が?」

彼女の言葉には頷く。

「美味しそうですね、頂きましょう」

「では、お茶を入れましょうね。茶器はどこにありますか?茶葉も持参しております。甘露茶」

そう言って風呂敷からそれを取り出した。

「美味しいでしょう」

「昔、茶州に来たときに妹が気に入って。寧ろそれしか飲まなかったって言う思い出の品です」

「それは、良い舌をお持ちなのですね、紅州牧は」

くすくすと笑いながら彼女は応え、が茶を入れるその様子をじっと見ている。

「毒とか、盛りませんから。そんなに緊張なさらないでください。寧ろ、私のほうが緊張してしかるべきだと思うんですよね、縹英姫様」

お茶を盆に載せて戻ってきたがそういう。

「縹家の禍つ力を持つ姫が目の前に居て、異能の力を持つ者が緊張しないわけには参りませんでしょう」

言う割には余裕のある笑みを浮かべている。

は苦笑し、「英姫様、と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」と断った上で、続けた。

「英姫様は、もう能力者としての価値はありません。大丈夫です。今、貴女がお持ちの力はただの残り滓ですから」

微笑んで言うに英姫は特に何も感じなかったようで、「そうですか」と応え、が目の前に置いた茶に手を伸ばした。

「美味しいです」

「紅家の両親が、どうにもこういうことが苦手だったので、自分の身を守りたければ自分で何とかしなくてはならなかったんです。けど、結構役立つ特技ですよ」

「なるほど」と英姫は呟いた。

「さて、」そういった英姫は今まで話していた年嵩のいった品のある女性といった感じではなく、茶州当主名代を務めた女傑の雰囲気のそれだった。

「何用で、こちらまで?」

「本来なら、使者を立ててお話させていただくのが手順としては正しかったのでしょうが、そうなると、周囲に知られてしまいますので。出来れば内密にお願いしたかったのでこのように手順を無視した方法を取らせていただきました。申し訳でありません」

そう言って頭を下げるをじっと見ていた英姫の視線に気づいたは顔を上げる。

「少しの間、こちらに滞在したいと考えています」

「こちら、というのは茶州ですか?」

「はい」

「紅州牧は、なんと?」

「医師として残るかもしれないと話しているので、反対は出来ないでしょう」

の言葉にふぅ、と英姫が息を吐く。

「理由は?」

「貴陽は、動きにくいので。情報収集するにせよ、少し離れたところから収集したいんです」

「情報が集まるのは中央ですよ?」

英姫の言葉には頷いた。

「しかし、同じだけ危険が多い。予知のお力をお持ちでしたよね?」

の言葉に英姫は頷く。

そして、の言いたいことも察したようだ。

「貴女は今までどれだけ...」

女傑と称された英姫でさえ、言葉を続けるのを躊躇う。

縹家の禍つ力。

能力者を喰う力。

能力者の育成や、その存在価値を大きく見ている縹家において、禁忌の力で最も恐るべき力。

二十数年前、その力を持つ姫が生まれた。

当時、縹家最高峰の占者がその姫による縹家現当主の死を予言した。

そうとなればその姫のこの先の運命は推して図ることが出来る。当時の、つまり今の当主には姉が居て、その姉は弟である当主のことを心から愛している。

彼の命以外は特に価値を見出していないかの如き所業は今まで自分の耳に届いていたし、見てきた。

「...先日、当主自らこちらに参られましたよ」

「耄碌ジジイが...失礼」

さすがに言葉が汚かったと気づいては謝罪する。

「縹家当主が出てきたのですか。目的は、春姫様..ですか?」

「気づいておいででしたか」

特に驚いた様子もなく、英姫が言う。

「家系から。それに、気が貴陽まで届きました。と、言っても『私』だから気づいたことだと思いますが...」

そうだろう、といった風に英姫は頷いた。

「茶州への滞在、わたくしは反対いたしません。住まいもこちらで用意しましょう。ただし、あの家から茶州へ何かしらの攻撃や、その他不利益な何かを被りそうなときは、遠慮なく殿を叩き出します。よろしいですか?」

は深く頭を下げた。

「そう言っていただけると、少しは心が楽になります」

の言葉に、英姫は珍しく穏やかに微笑んだ。




英姫との初対面。
ヒロインのことは英姫の耳にも届いていました。
届いていても、正確な情報は入っていなかった模様で。
というか、縹家でさえ正確な情報が入っていなかったのですからね。
英姫はヒロインのために最後のセリフです。
誰かの迷惑になりたくないっていう彼女の想いに応えての言葉でした。


桜風
09.11.22


ブラウザバックでお戻りください