薄紅色の花咲く頃 75





室の扉を叩く音がしては返事をした。

明日、秀麗たちはこの茶州を発つ。

秀麗に預かって、そして貴陽に戻ったら渡してもらいたいと思って今は文を書いていた。

硯に筆をおいては振り返る。

「何だ、燕青か」

「『何だ』はねぇだろう」

苦笑して言う燕青の手には盃と酒瓶があった。

「あら?」

「一献どうよ?」

「お付き合いしましょ?静蘭は??」

「何で静蘭が居るんだよ。おっきい姫さんとサシだよ」

「あとで後悔してもしらないよ?」

「後悔ってのは、後にするもんさ」

そりゃそうだ、とは納得して笑った。

庭院が良く見える縁側に移動して盃を傾ける。

「おっきい姫さんはいける口?」

「ザルかしら?」

の言葉に燕青は目を丸くして、やがて「意外だなぁ!」と破顔する。


暫く盃を傾けあってやはり先に潰れたのは燕青だ。

「ねえ、燕青?明日のお見送りでお酒臭いと秀麗に嫌われちゃうよ?」

「なあ、おっきい姫さん」

少し呂律の回らない燕青が声を掛ける。

「なにかしら?お替りはもうだめよ」

「俺..悔しいっつうか...何だろうな」

ガシガシと頭を掻いた。

「でも、燕青とは縁があるわよね」

突然が話を逸らす。

「んー?」

「だって、わざとじゃないんでしょ?ウチの前に倒れてたの」

「...あー。そっか。あれが始まりだ」

懐かしそうに目を細めて燕青が呟いた。

「ウチの前で倒れてて、秀麗がうっかり拾って...」

「うっかりって何だよ」という燕青の抗議はとりあえず黙殺しておいて続ける。

「実は、あの静蘭のお友達で。もっと言えば実は茶州の州牧で...そうこうしてたら、燕青は茶州の準試に受かって秀麗たちの補佐になって。そして、次は中央でしょ?中々切れる縁じゃないわよ、きっと」

「え?!」

いい感じに酔っていたそれが一気に吹っ飛んだ。

「あれ?違うの?」

「や..何で??」

「そりゃ、見てたら何となく分かるもんよ。まあ、中央への道は櫂瑜様と影月くんが居るから何とか大丈夫じゃないの?今度も下から2番目くらいで及第できるんじゃないのかしら?」

しれっというに燕青は盛大に溜息を吐いた。

「おっきい姫さん。アンタ何者だ?」

「さあ?何者でしょうねぇ」

おどけて言うに燕青は溜息を吐いた。

「紅殿。このたび、茶州では貴殿に多くの命を救っていただきました。元茶州州牧として、そして、現茶州州牧補佐官として、んでもって、茶州の民として御礼を申し上げます」

姿勢を正して、燕青は正式な跪拝をとってそう言った。

「今の私が出来ることをしたまでです。たくさんの人に助けられて生きてきたから、その恩返しです。今、このときまで生きられたのは私の力ではなく、たくさんの人たちの力。それを、ちょっと返しただけです」

も姿勢を正してそう返した。

「あんがとな、おっきい姫さん」

「ん」

はくすぐったそうに笑って頷いた。

「でも、まあ。私はまだこの地にお世話になるから」

「んじゃ、俺も勉強見てもらおうっと。よろしくな、おっきい姫さん」

「え、やだ。面倒くさい...」

真顔でがそう返し、

「うわ、ひっでーな。おっきい姫さんはよ!!」

と笑いながら燕青が返す。

夜中なのであまり大きな声を出せないが、お互い楽しい時間を過ごした。


翌日、秀麗が出発する。

「秀麗、これ。貴陽に戻ったら渡してくれるかしら?」

そう言って文箱を預かった。

「誰に?」

「中に文が入っているからそれぞれに宛名を書いてるの。忙しいと思うけど、お願いしてもいい?」

の言葉に秀麗は頷いた。

「じゃあ、ね。お父様にもよろしく伝えてね」

そう言って静蘭を見た。

またしても心配そうな表情を浮かべている。

「静蘭とも1回くらいは一献交わしたかったね」

その言葉に静蘭の眉間の皺がよる。

「あのコメツキバッタと盃を交わしたのですか?」

「うん、まあ。私が勝ったけど」

強いのは知っていたが、あの燕青を潰すとは...

「では、今度貴陽に戻ってこられたときぜひお相手させてください」

その言葉には曖昧に笑う。

たぶん、それはもう無理だから...

のその反応に静蘭はまたしても焦燥感を抱く。

「いいですね、お嬢様。ぜひ、お相手ください」

「ま、機会があれば」

そう言ってはひらひらと手を振る。

静蘭は燕青を手招きした。

「お?俺との別れも惜しみたいのか?」

お嬢様を見ててくれ」

燕青の言葉はさらりと黙殺して静蘭が言う。

「おっきい姫さん?」

「ああ。茶州に来て、何だか様子が変だ。お前、一緒に行動していたときに何かなかったか?」

言われて燕青は一生懸命記憶をたどってみたが、どうにもこうにもそれっぽいことが浮かばない。

「いや、変わんないと思うけど」

この燕青が言うならそうかもしれない。

口には出さないが静蘭は燕青の勘の良さと洞察力には結構信頼を置いている。

「まあ、いい。たぶん、何かあると思う」

「お前がそこまで言うなら、一応気をつけてみるけど。お前みたいにずっと一緒に居られないから何かあってもたぶんムリだと思うぜ。おっきい姫さん、物凄く頭いいから」

それは自分だって重々承知だ。

不機嫌に頷き、静蘭は「頼んだ」と短く言い、「おー、頼まれたぜー」と燕青は楽しそうに返した。

馬車がゆっくりと動き出す。

は手を振った。

秀麗も馬車の窓から体を乗り出して見送りに来た人物たちに手を振る。

『さようなら』

姉の口がそう動いたように見えた。

思わず手を伸ばしたが、当然のことながら彼女には届かない。

「姉..さま?」

秀麗は拳を握った。

本当に此処で別れてよかったのだろうか...

医師として姉が請われているのは知っているし、それは誇らしいことだ。

だが...

秀麗の様子を見て葉医師がそっと溜息を吐く。

の覚悟は本物で、もう誰も止められない。きっと...

「全く、頑固もんじゃ」

口の中で呟き、「風邪引くぞ、はよ中に入れ」と秀麗に声を掛けて馬車の中で大人しくするよう秀麗を促した。




一応、これで原作沿いって感じのところは終わりかしら?
次からオリジナリティあふれる..というか、原作をかいつまんだ感じの話になっていくと思います。
お付き合いいただけたら嬉しいです。


桜風
10.1.24


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