| 朔と連れ立って今回の派遣先の村に着いた。 此処も土地が痩せている。しかし、有能な官吏が着任しているとも聞いた。 はすぐにその官吏が常駐しているという民家に向かった。 家の前には子供たちがたくさん居た。 子供たちは馬に乗ってやってきたと朔に警戒心を見せる。 は慌てて馬から下りた。馬上から見下ろされれば警戒するのは当然だ。に倣い、朔も馬から下りた。 ガタリ、と家の中から音がして気配が近付いてきた。 中から出てきたのは大きな銀狼とそれに乗った官吏だった。彼は膝から下がなかった。 「紅殿ですね?そちらの方は?」 「私が個人的に雇っている用心棒の朔です」 そう言って振り返ると彼は少し決まりの悪そうな表情を浮かべていた。 そして、は出てきた官吏の顔を見た。彼もまた、朔に対して何かしら思うところがあるような表情だ。 「あー、お知り合いでしたか?あまり良くない感じの」 が言うと官吏が苦笑した。 「昔のことです。さ、この村に滞在されている間はこの家をお使いください。こう見えてそれなりに部屋はあります。馬は裏に馬小屋があります。ただ、私が使わないので、手入れはされていませんが...」 「じゃあ、ちょっと確認してみます」 そう言ってから朔を促し、馬小屋へと向かった。 「寝首をかかれるかもしれないことをしてたのねぇ」 ポツリとが呟いた。 「否定は出来ない、かな」 少しだけ楽しそうに朔が応える。 「因果応報ってところなのね」というの言葉に朔は喉の奥で笑った。 馬小屋は比較的綺麗で、藁も清潔なものが置いてある。 たぶん、自分が派遣されるのを前もって聞いていたあの官吏が村人に頼んで用意してくれていたのだろう。 余分に藁を用意していてくれたのが特に助かる。 「喧嘩しないようにね?」 に念を押され、まさかそんな念を押されると思っていなかった朔は苦笑して「了解」と応えた。 家の中に入ると暖かかった。 「では、改めまして。紅です。このたびは茶州府からこちらの村で今まで流行った病についての情報収集及び、人材育成っぽいもののために派遣されました。この村に医師の役割を持っている方は?」 の言葉に彼は頷く。 「浪叔斉です。この村は正式な医師はおりません。また、医師の役割をしている者も既に高齢です」 こういう辺境の村によくある現状だ。 は頷いた。 「ところで、浪燕青というちょっと前まで茶州州牧を10年務めた方とはお知り合いですか?」 声も、雰囲気も良く似ている。 彼は微笑んでそれについては応えなかった。 「失礼しました」とは謝罪し、「では、少しその方と話をさせていただきたいのですが」と仕事の話に切り替える。 「案内いたしましょう。そちらの方は?」 「働かせたいと思いますので、随行を」 『そちらの方』こと朔はそういわれて肩を竦め、大人しく彼女に続いた。 <機を窺っているのですね> 直接頭に響く声。 は隣を歩く、叔斉を乗せた銀狼を見た。 たぶん、この銀狼の声だ。 「ああ、この子は銀次郎です」 「では、『太郎』がどこかに居るのですか?」とが問うと「『太郎』は『梅』です」と少し懐かしそうに目を細めて叔斉が応えた。 「梅、ですか...」 「ええ、梅太郎というのがいました。太郎は梅太郎だから、この子は銀次郎だそうです」 なるほど、とは頷いた。 そう大きくない村だからすぐに目的地に着く。 叔斉の訪問は歓迎していたが、たちは歓迎されなかった。閉鎖的な村には良くあることだ。 「困りましたね」 叔斉の説得に応じず、頑としてとは話をしないといって結局その者は家の中から出てこなかった。 「まだ時間はあります。先ほど顔を覗かせた方が、この村の医師なんですね?」 今日の説得は無理だと判断して叔斉の家に戻って確認をする。 「しかし、派遣期間はおおむね7日だと...」 「滞在に『おおむね』7日です。行き帰りの時間は入っていません。それに、彼が土地に詳しいから結構近道したので予定よりも時間はありますよ。まあ、叔斉さんが邪魔だと仰らなければ、ですが」 の言葉に「とんでもない」と彼は返して、「出来る限り長期の滞在をお願いしたいと思っております」と頭を下げた。 夕食の支度はがした。 叔斉が恐縮したが、なれているし、特に困らない。 どうやら普段は叔斉の家に村の誰かが作りに来てくれているようだ。 「資料を拝見してもいいですか?この村の病の流行った履歴についてのもの、ありますか?」 の言葉に叔斉は頷いて資料を渡す。 「それは写しなので、そのままお持ちください」 は目を丸くした。 自分が此処にくるという連絡はそんなに早くから送られてきていないはずだ。たぶん、出立が決まる数日前にやっと文が届いたくらいではなかろうか。 それなのに、既にこの量の資料をまとめて写しているとは... 「では、お預かりします」 そう言っては受け取り、その資料を隈なく読み漁る。 ふと、昼のことを思い出した。 そういえば、あの村医者の老婆。黄疸が出ていた。 どこかを患っているはずだ。 それを悟られたくなくてに会おうとしなかった可能性もある。 「ちょっと出てきていいですか?」 の言葉に叔斉が驚いて止めるが「護衛が居ますので」と言って朔を連れて家から出て行く。 「どこに?」 「村の人にあのおばあさんのお話を聞きたくて」 の返答に朔は肩を竦めて「気の済むように」と返した。 |
『黄梁の夢』にあったエピソードから。
『から』であってるかどうか微妙ですが...
お兄ちゃんは一生懸命色んなところで、大変なところで頑張っているはずです。
桜風
10.3.14
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