| 背後から気配が近付き、それが銀次郎だと分かったのはその近付いてくる速さだった。 「ついてきてくれるの?」 「まあ、私たちだけでは村人が警戒するだろうからね」 朔の言葉にそりゃそうだとは納得した。 「ありがとう」と銀次郎に言うと<かまいません>と頭の中に声が響く。 便利だなーと思いながらは子供が居る家を回った。 子供たちは銀次郎に慣れているから 銀次郎が連れてきた茶州府から派遣されてきた医師は、物腰が柔らかく、連れている護衛がこれまた美形でもあることから奥様方の口は比較的軽かった。 「朔、使えるね!」 次の家に向かっている途中、が言うと「お褒めに預かり、光栄」と面倒くさそうに返された。 こういうとき、大抵静蘭に着いてきてもらっていた。 彼はおばさん受けするし、彼が問えばおばさんの口は軽くなる。買い物のときの値切り交渉も静蘭が居ると居ないとでは大違いだった。 「思い出し笑いかな?」 「は?」 「笑ってたよ。家族のことでも思い出したんじゃないの?」 はばつが悪そうにコホン、とわざとらしい咳をひとつして少し歩調を速める。 叔斉に迷惑がかかるから、と適当なところで今日のところは聞き込みを終わらせた。 家に帰ると朔はダラダラ過ごす。 しかし、はそれを咎めることはない。仕事さえしてくれればダラダラしてても文句を言うつもりはないから。 「どうでしたか?」 「ええ。あの昼間に伺った村医者の方。たぶん体調を崩されていると思うんですよね。だから、最近どうだったか、ってのを聞いて何かあっても対処できるように薬を作っておこうと思ったんです」 なるほど、と叔斉は頷いた。 だから、彼女は突然聞き込みに出て行ったのだ。 「それで、何か分かりましたか?」 「確定は出来ませんが、絞り込めました。明日、材料となる薬草を採りに行こうと思います」 の言葉に「よろしくお願いします」と叔斉は頭を下げた。 夜中、は外に出て空を見上げた。満天の星空だった。 その星から読み取れる情報を探る。 星読みは占術のひとつで、基本だ。 占術は本格的に勉強していないが、何となく分かる。感じるのだ。血、なのだろうとは考えている。 まだ動けない。そして、向こうにも気取られていない。 はほうっと息と吐いた。 琥l城のあたりは随分暖かくなってきたが、それでもこの村はまだ寒い。吐く息が白い。 「茶州、かー」 家族が増えたのはこの茶州でだった。 今思えば、あの狸に命じられて父が静蘭を拾うために家族全員で茶州にやってきたのだろう。 最初指定されていた地点に、静蘭の姿はなかった。 死体がゴロゴロしていたが、それ以外、何もなかった。 秀麗はそのときちょうど寝ていたからその惨状を目にすることはなかった。 そして、茶州を放浪した。 まだ生きていると信じて。 そして、彼は最初の地点から随分離れたところに行き倒れていた。 両親は安堵したが、同時に、その体に負っていた傷に慌てていた。 静蘭はとにかく、笑わなかった。 あの可愛らしい、黎深曰く「目に入れても痛くない、寧ろ食べてしまいたい」くらいの愛らしい秀麗の笑顔を向けられても尚、無表情だった。 此処までくるとその能面も天晴れだとは思っていた。 ある日、ある程度傷が癒えた静蘭は、邵可たちの下から出て行こうとした。 しかし、それは秀麗に見つかって叶わず、挙句の果てに名をつけられた。持ち物に名前を書くのと同じといいながら両親が一生懸命考えた。 どうも、元の名前とそんなに違わない名前になってしまったらしいが... そんなことを雪の中で繰り広げていた彼らを見て、は苦笑した。 「風邪を引くから、お話でしたら家の中でしたらどうですか」 静蘭の寝室の窓からが声を掛けると「それもそうだ」と両親は顔を見合わせ、秀麗を母が、静蘭を父が小脇に抱えて戻ってきた。 おそらく、出たときと同じ場所なのだろう。窓から。 「窓は出入り口ではないと思うんですけど...」 の言葉に「細かいことを気にするでない」と母が笑い、「そうだね、次からは気をつけるよ」と父が応えた。 「ああ、そうじゃ。、茈静蘭じゃ」 「は?」 「名前じゃよ。拾ったは良いが、名なしであったろ?それは不便じゃし、何より、名前をつけたらうちの子じゃ」 満面の笑みで満足げに母が言った。 その後ろで父も嬉しそうに微笑んだまま頷いた。 名をつけられた彼はどうかと思ってみてみると、どうやら抵抗する気は失せたらしい。 「せーらん?」 幼い秀麗が首を傾げて聞いてきた。 「そうみたいよ。このお兄ちゃんは、静蘭っていうお名前なんだって」 膝を折って秀麗の目線にあわせてが言う。 「せいらん!」 そう言って秀麗は満面の笑みで彼の名を呼ぶ。 呼ばれた彼はどんな表情をしているかな、とが盗み見るとどういう表情をして良いか分からないといった感じだった。 「笑ったら良いと思うよ。大抵のことは、それで何とかなるし」 の言葉に静蘭は少し躊躇い、静蘭は笑った。 「あー、うん。ごめん。もうちょっと笑顔の練習をしてからね。こう、何かせせら笑っている感がするわ。秀麗が真似したら大変だから」 静蘭の笑顔を見て秀麗は固まった。 気の毒に、とは秀麗を抱えて静蘭の室を後にした。 後に、静蘭にこのときのことを何度かネチネチといわれた。子供心に傷ついた、と。 傷つく心がおありでしたかー、と返しては軽く言い合いになる。 それが、にとっては結構楽しかった。 静蘭があの家に慣れた頃、は家を出ようとした。 元々なんでもこなせる天才肌の静蘭は家事に育児に何でもできるようになっていた。 なら、もう自分がいなくても大丈夫だ。自分が居ては迷惑になる。今はそうでなくても、この先、いつか。 しかし、家を出る前に勘の鋭い静蘭に止められた。 「あの奥様の理由の分からない爆発や旦那様の善意という名の破壊行為を俺ひとりで止められるはずがないだろう。お嬢様の体調が優れないのに。第一、出て行くといってどこに出て行くんだ」と。 そのときにはすでに静蘭に自分は幼い頃に拾われて邵可たちに育てられた存在だということを話しており、静蘭と2人の時には敬語を抜きで話してほしいとお願いしていたので、彼はそれに応えてくれていた。 そして、静蘭のある意味必死の説得により結局あの家に留まった。 確かに、大変だから。 はこれまでにそれに似た説得を受けたことがある。 母、薔君に子供が宿ったと聞いたときだ。 その子が生まれたら家を出て行こうと思った。 無事に女の子が産まれ、産後の肥立ちを見届けては家を出ようとした。 しかし、それは薔君に止められた。 「あの邵可と妾でどうやってこの子を育てられるか。この子が大変な人生を歩んでも良いというのか?」 なんと言う説得の仕方だろう、と今更ながら思う。 思うが、それが当時のを止めるには一番の言葉だった。 幼いながらもは母の手伝いをしつつ、父の不器用さを目の当たりにしていたので、このままこの2人に育てられたらこの姫は苦労する、となんだかよく分からない使命感を刺激されて残った。 そういえば、静蘭はもしかしてこのことを知っていたのだろうか。 いや、それはないな... まだ幼児であった自分が家を出ようとしたそれに気づけたのは薔君だったからだ。 薔君はの正体、素性を知っていた。だから偶然家の前に移動してきて殆ど力尽きていた彼女を守ろうと思い、邵可と共に育てることを選んでくれた。 わが子ではないのに、たくさんの愛情を与えてくれた。 幸せだった。 そういえば、自分が家を出て行こうと思うたびに何かしらあった気がする。 それは薔君がそのようにしてくれていたのか、または別の作用なのか... はふっと笑った。 手放すと決めたそれを、最近は何度も思い出している。 一緒に居るときはきっとそれが当たり前で、今はきっと未練たらたらなだけなのだろう。 決心が揺らいだつもりはないし、挫けるつもりもない。 生きるか死ぬか。 自分の目指したものを手にするか、それに届かず犬死するか。 今の自分にはその2つの道しかないのだ。 |
静蘭が邵可の家にやってきたとき。
静蘭にも敵わないと思える人物がこの世にいてよかったね、といった感じですね。
秀麗は勿論。薔君や邵可にだってどうしても敵わない。
そういう人に出会えてよかったと思います。
桜風
10.3.28
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