薄紅色の花咲く頃 80





よく朝早く、は家を出た。

薬草を摘むのには適当な時間というものがある。

今回、手にしたいそれは日が昇りきるとその効力は激減する。

前もって昨晩のうちに叔斉に話しておいたので心配されることはないだろう。

朔を連れて行こうかと思ったが、そんなに問題にはならないと思っておいてきた。たぶん、寧ろ邪魔だろうから。

彼の寝起きの悪さには何度も閉口したものだ。


黙々と山を登っていくと予想通り、薬草が生えていた。

<手伝いましょうか?>

振り返るとそこには銀狼がいた。

気配に気がつかなかった。

「いえ、肉球で薬草は摘めないでしょう?」

の言葉に銀次郎は笑う。

「銀次郎殿の声は他の人には聞こえていないのですか?」

<そのようにしていますからね>

まるで別の方法で会話が出来るかのような言い草だが、はそれ以上は追求しないことにした。知らない方が幸せなこともある。

銀次郎はまたしても愉快そうに笑い、不意にまじめな表情となった。と、言っても狼なのであまりその表情の差は分からないが...

<星を動かしましたね>

「私が、ですか?」

薬草を摘みながらは応える。

<そう。少し昔に>

『星を動かす』ということは『運命を捻じ曲げた』ということだ。身に覚えがない。

<直接的に、あなたがというわけではないかもしれませんが...>

「私自身の力では、何ひとつ。強いて言うなら、生きるために呪われた力を使い続けましたが...」

<それは、瑣末なことです>

あれを『瑣末』といわれるとそれはそれで複雑だ。

の表情を見て銀次郎は笑う。

<あちらにも良い薬草が生えていますよ>

銀次郎に案内されていくと、確かに良い薬草が群生していた。

「凄い...」

が思わず漏らした言葉に銀次郎は笑う。

「茶州はやっぱり人材育成に取り組むべきだわ...」

意外と材料がある。

薬草は厳しい気候や風土の中でも育つものがあるし、そういったものは往々にして貴重なもので中々手に入らない。

この薬草を安定して育てられる技術を創り、収穫したそれを加工して薬として...

「秀麗たち、凄いわ...」

<そろそろ戻りましょう。貴女が居るから、もしかしたら村の方たちは来てくださらないかもしれない>

つまりは、朝食を作れ、と...

は苦笑して頷き、銀次郎に促されてその背に乗った。

山道を疾走する銀次郎の背中で何となく自分が風になった感覚を味わった。

...というか、軽く酔った。


朝食を作り、寝起き最悪の朔をたたき起こして出かける準備を済ませる。

今日も聞き込みに出るためだ。

殿!!」

聞き込みをしていると銀次郎の背中に乗った叔斉がやってきた。

「どうかしましたか?」

「倒れられたそうです。すぐに...」

蒼い顔をして彼が言う。

昨日の、村医者が倒れたというのだ。

は駆け出し、一緒に居た朔もそこそこ駆けた。


彼女の家に行くと、彼女を心配している村人が床に付している彼女を心配そうに見つめている。

の到着に俄かにざわめいたが、叔斉の言葉により村人は落ち着きを取り戻してた固唾を飲んでの診察を見守った。

「肝を病んでますね?自覚症状があったのでは?」

に言われて彼女はプイと顔を逸らす。

「この薬を毎食後にお飲みください。苦いし後を引く味ですが、早く回復すると思いますよ」

の言葉に彼女は反抗的で、「そんな怪しげなもの、飲めるもんか!」と言って布団を被った。

これは、困った...

しかし、村人はあの叔斉が信用しているらしい医師だし、何よりあの虎林郡で流行った奇病の治療のためにやって来た医師だと聞いて随分と警戒心を解いていたため、自分たちがちゃんと飲ませると請け負ってくれた。

長居をしても彼女のへそが益々曲がると思い、は家を出て行く。

「彼女、大丈夫なんでしょうか」

叔斉が心配そうに聞いてきた。

「あの薬を飲んでくれたら、2〜3日である程度回復します。少なくとも、寝ていなくても大丈夫なくらいには」

そう請け負ったに叔斉も安心したように息を吐いた。


「医師様!」

叔斉の家に向かっていると背後から声を掛けられた。

振り返ると、秀麗と年かさが変わらない感じの女の子だ。

「どうしたの?」

「あの、えっと...わたしにも教えてください!」

そう言って勢い良く頭を下げてくる。

は目をぱちくりとし、叔斉を見上げた。

彼も同じような表情を浮かべていたが、事態をより早く飲み込んだのは彼で、「弟子入り希望のようです」と彼女の意気込みを訳してくれた。

ああ、なるほど...

「字は、読める?」

の言葉に彼女は「少しなら」と頷く。

「じゃあ、医術はあの人に伝授してもらって。たぶん、この村に合った治し方とか身に着けていらっしゃると思うから。私は、薬の調合のほうを教えるわ。ただし、時間がないから、調合の配分については覚書を作っておくね。私の居る間は薬草の名前と効用を覚えましょう。いいわね?」

の言葉に彼女は頷いた。

「じゃあ、さっそく。朔、仕事よ」

少し距離をとって歩いていた彼に声を掛けてはその少女を連れて山へと向かっていった。

「お仕事、大変ですね」

追い抜く朔に叔斉がいう。

「まあ、でも。それなりに楽しめているからね」

ふっと笑って朔はに続いて山へと向かっていった。


滞在期間が終了するときには、はその村にかなり馴染んでいた。

あの村医者の回復力は凄く、の薬のお陰だと思っていたものも多いが、どちらかといえば彼女の精神力と体力に拠るところのほうが大きい。

「世話になったね」

村医者に言われ、は苦笑した。

「いえ、お体には気をつけて。この村には貴女しかお医者がいないのでしょう?」

の言葉に彼女はそっぽを向き、

「あと2〜3年もすればもうひとり村医者が誕生するさ」

そう言って振り返った先にはに弟子入り志願した少女が居た。

「頑張ります!」

拳を握って彼女はそういった。

「では、」とは村人たちに挨拶を済ませ、叔斉にも挨拶をして馬に跨る。

「あ、そうそう。忘れていました。浪叔斉殿。これを...」

そう言って、わざとらしくは懐から文を取り出す。

「村を出るときに渡してくんね?」と燕青にこっそり頼まれていたのだ。

「こちらを、茶州府で預かったんでした」

今更、と叔斉は眉を寄せ、その文字を見て、天を仰いだ。

誰から、とは書いていない。

だが、きっと...

「お返事の必要はないとのことですが、如何します?」

「では、伝言を。『体には気をつけて。貴方の目指す道を、迷わず進むように』と」

「確かに伝えます。では」

そう言っては馬を歩かせた。朔も続いて村を後にする。

「浪燕青は何と?」

「さあ?中身は知らないわよ」

肩を竦めては言う。

その言葉に何故か朔は楽しそうに笑っていた。




燕青は結構『何でもお見通し』なところがありますよね。
お見通しというわけではなく、今までの経験や、この先どのように動くといいかとか
そういうのを考えたら自然と浮かぶものなのかもしれませんけど...
そういうところって燕青の『怖い』所だと思います。
お兄ちゃんすら出し抜いた(?)感じですしね(笑)


桜風
10.4.11


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