薄紅色の花咲く頃 83





「あら、ちょうどいいところに」

自分の小屋に向かう途中に木陰に立っている人影を見た。

彼もを待っていたらしく、すっと姿を現す。

「まさか、真昼間に会えるとは思わなかったわ」

「私に会いたかったのかな?」

「会いたい、というか。いや、うん。でも、会いたかったのかも」

の言葉に彼は眉を上げて苦笑した。

「君が変に素直だと気持ち悪いね」

「貴方が私の何を知っているというのかしら?朔」

の言葉に「それもそうだ」と頷いた。

のとの付き合いは、一緒に行動した日を全部足してもひと月にも満たないのだから。


に招かれて小屋に入る。

「狭いね」

「貴方の生家は大きかったでしょうからね」

の言葉に朔は肩を竦めて「小ぢんまりしているところがいいね。物置みたいで」と言う。

それって、褒め言葉?

は首を傾げ、まあ、朔なりに気を遣って言った言葉なのだろうと好意的な解釈をすることにした。

「甘露茶でいい?」

「いや、それは遠慮させてもらいたいな。別の茶葉が良い」

朔の言葉には少し驚いたが「そ?」と返して別の茶葉を用意する。

「あ、お茶請けがないわ」

「じゃあ、今から作って?」

簡単に言ってくれるなぁ...

は苦笑して「まあ、まずはお茶請けなしで一息ついてよ」とお茶を淹れる。

「まあまあ、かな?」

一口飲んで朔がそういう。

はちょっと朔に対して抗議の念をこめた視線を向けて肩を竦め、庖厨に立った。

「ご飯食べる?」

「ご馳走になるよ」

「あんまり豪華なの期待しないでね」

の言葉に朔は鷹揚に頷いた。

ああ、本当に坊ちゃんは偉そうだな...

は仕方ない、と溜息をついて食事の支度を始める。

「ねえ、朔」

支度をしながらが声をかける。朔は好きにお茶のお替りをしていた。

「なんだい?」

「契約したときのこと、覚えてる?」

の言葉にすぐに返事はなく、聞いてたのかなと振り返ったは目を丸くした。

「覚えてる」

寂しそうな表情を浮かべて彼がそういう。

まさか、彼のそんな表情が見られる日があるとは...

今すぐここに絵師を呼んで絵師にその表情を書かせて後世まで取っておいたら物凄く価値が上がりそうなくらい珍しいことだ。一国くらい買えるのではなかろうか。

「たぶん、朔はずっと『紅』のことを覚えていると思うから」

の言葉に朔は睫を伏せた。

「...君の妹は?」

「忘れるわ。というか、いちばん忘れて欲しい人、かな?だから、あの子には念入りにまじないを施しているもの」

「そう」

「もし、貴方がまた奇跡的に秀麗に会ったら。そのときはあの子を泣かせないでよ?泣かせたら承知しないんだから」

の言葉に朔は困ったように笑う。

「だって、泣かせたいんだから仕方ないよ」

「そんなことをしたらぶっ飛ばすわよ。...静蘭と燕青が」

の言葉に朔は笑う。

「まだ彼女の傍にいるんだ?」

「離れないでしょうね。あの子が『離れて』って言わない限り」

「言われても当分くっついてるんじゃないかな?」

そうかも、とは笑った。

「朔洵、かしら?」

が言うと「さあ?」と返された。

「ま、どっちでも良いんだけどね」

「でしょう?」

の言葉に得意げになって朔が頷き、それを見たは盛大に溜息を吐いた。




朔洵ともお別れ。
というか、朔洵も色々と気づいているって言う、ね?
朔洵にとっては、甘露茶は思い出のお茶ですよね。その思い出は大切に胸にしまっています。



桜風
10.5.9


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