薄紅色の花咲く頃 85





は紅家の別邸へと向かった。

そこには当主の代理として各地を飛び回っている彼女が滞在しているという情報を掴んでいる。

「こんにちは、百合様」と彼女の部屋に直接赴く。

彼女は目を丸くした。

「な..どうしたの!?今、ここに突然」

百合は立ち上がり、の元へと足を向ける。

「お願いがあって参りました」

彼女の言葉に百合は息を飲む。きっとこれから耳にする言葉は良いことじゃない。というか、その背中の泥棒に入った後と言う感じのお宝がたくさん詰まった風呂敷は何だろう。

「紅の事は忘れてください」

百合は目を見開く。彼女の、姪のことを忘れてくれと言う。

「いや、よ。何を突然そんなことを言うの?!」

「紅という人物は、本当は存在しないんですよ」

「居るじゃない。時々、一緒に饅頭を作ってるわ。黎深がその饅頭、大好きなのよ!絳攸だって。ねえ、何を言ってるの?」

「縹璃桜が動き始めています。その妹も」

その言葉に百合は頷いた。

「知ってる。けど、でも。何故?何でが存在しないの?居るじゃない!」

「縹家の禍つ力。ご存知ですよね?」

彼女の言葉に百合は再び息を飲む。

「二十数年前、再びその力を持つ姫が生まれました。その力を静かに使っていた姫は、今それを解放します」

「待って!どういうこと!?」

「百合様、お元気で。これは、黎深様にお返しください」

そう言って背中に背負っていた風呂敷を下ろした。ゴトンと重い音をさせるそれに溜息を吐きたくなる。

これまた...送りも送ったな。

正直呆れた。まあ、が秀麗と離れて生活し始めたら思う存分『叔父として』贈り物が出来たのだろう。だが、この量はやりすぎだと思う。寧ろ、嫌がらせだろう...

「あと、これを絳攸様に」

そう言って腕につけていた紅い石のついた腕輪を外して卓の上に置いた。

「それは、ダメ」

は驚いて百合を見た。

「黎深のは、まあ、うん。これはどう考えてもやりすぎだと思う。こっそり隠すなりして私が預かるわ。けど、これはできない」

そう言ってが卓の上にそっと置いた腕輪を手にして、再びの腕にはめる。

「これは、返すんだったらが直接絳攸に返すべきものよ。これには、絳攸の想いが詰まっているはずだもの。こっちは、まあ。うん。ホントやりすぎ。ごめんなさい」

が置いた風呂敷の中身をちらと見て百合が謝る。

「で、でも!」

「縹家だから何よ。いいじゃない。あの家の人間は傲岸不遜。何色を身に着けても構わないでしょ!くらい思っていいわよ、きっと。どうしても身に着けられなくなったら..そのときは自分の手であの子に返して」

お願い、といわれた。

「もう、お返しできないかもしれません」

「そのときはそのとき。それはに物凄く強い縁があった、そういうことでしょう?」

は少し俯き、そして「わかりました」と諦めにも似た声音で頷いた。

「これはもう少し預かっておきます」

「そうしてちょうだい」とほっとしたように百合が頷く。

「では。...黎深..世界で一番素敵で優しい黎深叔父様に宜しくお伝え..されたら困るので、心の中でお伝えください」

そう言った途端、の姿は跡形もなく消えた。

残された百合は呆然とその彼女の居た場所を見つめていた。黎深を初めて『叔父』と呼んだ。おそらく、これが最初で最後。もしかしたら、彼女はそのつもりで今まで彼のことを叔父と呼ばなかったのではなかろうか。いつも身軽であるために。でも、最後は黎深の願いを聞き届けた。

本人が居ないところで聞き届けても意味がないのだが、その意味がないことが彼女にとっての最大の譲歩だったのかもしれない。

ふと、思い立って家人を呼んで聞いてみる。

「姪に髪飾りを贈ろうと思うんだけど。3つ用意したいの」

家人は首を傾げる。

「3つですか?奥様、姪にと仰いましたが...世羅様と秀麗様。それと..伯邑様でしたら髪飾りは如何かと...」

3人といえば、つまりはその3人。彼女たちの記憶から既に『紅』は消えているということだ。

百合は天を仰ぐ。彼女が何を決めて動き始めたのか見当はつく。

そっと溜息をつき、家人を下がらせた。

「―――分かったよ、。キミの最後の願いだね」

呟いた百合はの事は二度と口にしなかった。




ヒロインが今まで黎深を名前で呼ばなかった理由。
つまりはこういうことでした。
私の中で何となく、頑なにそのように設定していたので。
でも、案外枕詞が長くならなかった。
もっとこう..「くどいよ!」って百合が突っ込みたくなるような長ったらしいのにしたかった気もします。

桜風
10.5.23


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