| 「どこだ」と彼は呟く。 自分の目の前に広がっている風景。見たことがある..ような気がする。 だが、と周囲を見渡した。 やはり『どこ』というのは分からない。 さぁ、と風が駆け抜けた。 ヒラヒラと花びらが舞う。それを掌で受けた彼は一瞬電気が走ったように痺れた。 「こんにちは」と声を掛けられて驚き、振り向く。 「誰、..だ?」 彼の言葉に彼女は少しだけ傷ついた表情を浮かべた。だが、それは見間違いと思うくらい一瞬で、彼女は悠然と微笑む。 「夢の中でも迷子って、ある意味素晴らしく一貫性のある性格ですね。あ、性格じゃなくて、特技ですかね。吏部侍郎。李絳攸さん?」 名乗ってもいない自分の名を彼女は口にした。だが、絳攸は何故か彼女に対して警戒心をもてなかった。 「お前は、誰だ?」 知っている、と思う。知っているはずなのだ。名前が思い出せない。だが、知らないなんて思えない。忘れている。消されてた。でも、消し滓が心に残っている。だから、引っかかる。 彼女は「んー」と呟き、「じゃあ、ってことで」と言った。 『じゃあ』とは何だ?!と思いつつも「、だな?」と名を繰り返す。 「ええ、それで」と彼女は言う。 こと、は名を名乗った。誰にも教えてはならない自分の魂の名。真の名前。 この名を知られると今後色々と不都合がある。だが、ここは絳攸の精神の中だ。 ここでの出来事は万が一目を覚ました絳攸は思い出せない。 外の様子は分からない。夢を渡ってきたから。 でも、絳攸がこんな状態であの子が黙っているはずが無い。あの人が静観しているはずも無い。 だから、大丈夫。 絳攸はを見た。 輪郭がぼやけているように見える。 「お前、幽霊か?」 「まあ、そんな感じかしらね。でも、『幽霊』に逢うのなんて初めてでは無いのでしょう?」 の言葉に絳攸は眉を寄せた。 「ああ、何で知ってるんだ?」 「さあ?幽霊仲間に聞いたって言ったら信じてくれるかしら?」 の言葉に絳攸は「そうか」と納得した。 は苦笑する。何て素直なんだ...! 「さて」と言ってはその場にぺたりと座った。 「何だ?!」 絳攸は驚く。 「これ以上あなたがうろうろしたら迷子が加速するので、ここでお話でもしませんか?あなたの、大切な人のお話を聞かせてください」 ニコリと微笑んで彼女は言う。 「俺の、大切な人」 呟いて浮かんだのは... 「あ、でも。私がここにいられる時間って案外少ないんですよ。だから、ひとつずつ。では、まず。お友達の話から」 に促され、絳攸はすとんとの前に座った。 「友達?」 眉間に皺が寄る。『友達』と言われて浮かんだ顔が、思いの外、さわやかな笑顔を浮かべていたのだ。 「あいつは...」 そうして絳攸は語りだす。『友』と呼べる男のことを。 それを聞きながらは相槌を打つ。自分の中にある記憶を呼び起こすように。 絳攸とのこの対話のお陰で里心がついてしまった。 でも、絳攸にはこれ以上進んでもらうわけには行かない。おそらく、朝になれば仙洞省の..羽羽あたりがこの暗示を解きにやってくる。 瑠花の施した術だが、これ以上深いところに落ちなければきっと大丈夫。必ず、引き上げてくれる。 「聞いてるのか?」 お前が聞いてきたことだろう、と非難しながら絳攸が確認する。 「勿論。お友達の藍楸瑛さんは常春頭なんですよね。でも、案外情に篤くて、器用そうで意外と不器用。でも、それ以上にあなたが不器用だから器用な人のように見えるんですよね」 「そこまで言ってない!...、お前は俺を知っているのか?」 「迷子の吏部侍郎のことを、ですか?」 「その枕詞は要らん!」 絳攸が声を上げた。 そのとき、ふとが空を見上げた。 「どうした?」 絳攸もつられての見上げた空に視線を向ける。 「ああ、もう時間のようです」 「は?」 「ここにいられる時間って案外少ないと申し上げたと思いますけど?」 の言葉に絳攸は首を傾げた。 全然時間は経っていないはずだ。だって、空はさっきからずっと青空で... そう思って絳攸はハッとした。 「ここは、どこだ?」 「あなたが一番心地よいと思うあなたの心の中です。怖いこと、痛いこと。辛いこと何ひとつ無い、そんな世界ですよ」 悲しそうにが言う。 「どういう..ことだ?」 「時間です。吏部侍郎。あなたは何をしなくてはならないのですか?あなたは、何をしたいのですか?あなたは何を選びますか?上に行けば辛いことはたくさんあります。でも、次に会うとき、貴方がここではないところにいることを願います」 はそう言って立ち上がる。 「お、おい!!」 ふっとの姿が消えた。 ハラハラと散ってきた桜の花びら。 絳攸の掌で受け止めたそれは雪のように溶けて消えた。 |
黎明を読んだときに浮かんだんですよ。
最初は白虹あたりで終わろうかと思っていたのですが、次が絳攸と来たら
放ったらかしに出来るわけないじゃないですか!
そんな意気込みなので、頑張ります(笑)
桜風
10.6.20
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