薄紅色の花咲く頃 95





の向かいに腰を下ろした瑠花に向かっては「そういえば」という。

「大巫女としての任は今は大丈夫なのですか?」

「そんなはずが無いとは思わなんだか?浅はかな小娘じゃ」

「思ったから確認したってのが分からないんですかね。ああ、やだやだ、引きこもりのバアサンは」

「ふん。年上を敬わないのはあの男の教育方針かえ?」

その問いに対しては鼻で笑っただけに留めた。

目の前には茶器が置いてある。

てきぱきとした手順で瑠花がそれを準備する。

「ほれ、まあ飲め」

そう言って瑠花がの前に茶を置いた。

は「いただきます」と言って一気に煽る。

瑠花は愉快そうに笑った。

「毒が盛られる可能性もあったのに、よう飲んだものじゃ」

「毒だろうと何だろうと。もう尻尾を巻いて逃げるところなんて何処にも無いので」

の言葉に瑠花は機嫌よく笑う。

「わたくしと璃桜を屠りにきたそうじゃな?」

突然話を変えてそういう。

「ところで」とも話を変えた。

「何故、私を逃がしたのですか?」

の言葉に瑠花は目を瞠り、コロコロと笑う。中身はかなりの婆さんだが、見た目は幼い子供だ。その笑顔は愛らしいが、中身を考えるとやっぱり好感は持てない。

「わたくしがそなたを逃した、じゃと?」

「ええ」とが頷く。

「嬰児のそなたを牢に投げ込んだわたくしが?」

事実、そうだ。

縹璃桜の第一子は生まれたその瞬間に、縹家の占い師によって『父親のその存在を脅かすものとなるという』予言がなされている。

それを聞いた瑠花が黙っているはずもなく、生まれたその日に嬰児は牢に投げ込まれた。

直接手を下す処刑ではない。自然に衰弱させる殺し方を選んだ。

縹家の誰もがそう思ったに違いない。

もつい最近までそう思っていた。だから、縹家の瑠花と璃桜を屠りに行こうと思った。

だが、やっぱりおかしいのだ。

「見張りに、何故、『空間を渉れる者』と『結界を張れる者』を選んだのですか?私を殺す気でいたのなら、その2つの能力は危険だとあなたなら思うはずです。あの占い師は気づけなかったかもしれない、けれども私の異能をすぐに察することが出来た貴女なら」

瑠花は目を細めた。

が母親の腹の中にいたときからその嬰児の異能には気が付いていた。だから、母親を殺さなかった。――子供を産むまでは。

とはいえ、結局母親は自分の産み落とした子供の神力に耐えられずにそのまま亡くなった。

胎の子から感じていた強い神力。今まで自分が感じたことのないそれに正直畏れすら抱いた。だが、その一方でこれが『最後』だとわかった。そう感じた。

弟を愛するその気持ちと、縹家を守らなければならないという責任感。そのふたつが瑠花の中で鬩ぎ合い、結局ひとつの可能性を与えた。

――生きる意思があるなら、生かしてみよう。

それが、縹家にとってどのようなことになるか...その当時、正直見当がつかなかった。瑠花にとっても、の存在は規格外であったということだ。

それにもうひとつ。その嬰児が自分と同じ予言を受けたことに同情したのかもしれない。

父親殺しの予言。そのために自分は悲しい思いをした。だから、それを知っていたから情をかけてしまったのかもしれないと今となってはそう思う。

そして、その嬰児を牢に投げ込んだ翌日、見張りと共にその姿がなくなったと報告を受けた。

それを聞いてどこかでほっとして、どこかで憎々しく思った。

瑠花にとって、その嬰児はどうにも量りきれない存在で、最後の頼みの綱であり、大切な愛する弟の敵という複雑なものだった。

だが、瑠花も彼女が生まれたときはそれでも何とか『まとも』でいられたのかもしれない。

その後、逃げ出した嬰児の存在をうっすら感じ取るとその存在を疎ましく思い、兇手を差し向けたりもした。

その居場所が完全に特定できないまま放った兇手で異能者だった者は、誰一人戻ってきていない。

そして、今目の前に居るのはあの嬰児だ。

「そなたの『生』に対する執念は恐ろしいものじゃ。どれだけの同胞を喰った?」

「けしかけたのは貴女でしょう」

瑠花の嫌味には顔色ひとつ変えずにそう返した。

「さて。取引をしませんか?」

が話を持ち出す。

瑠花は無言で彼女に続きを促した。

「縹英姫を失い、珠翠もまあ、..ちょっと微妙。最後、残った札はひとつしかないでしょう?」

「珠翠がおるなら、問題ないわ」

冷たく言い放つ瑠花には肩を竦めた。

「ま、私も珠翠がそこに座ってくれるのが一番楽で良いんですけど。そういうわけにもいかないでしょうに」

の言葉に瑠花は目を眇める。

「して?」

「私があなたの後継になりましょう。ついでに、仕事をしないみたいだから、当主も引き受けましょう。その代わり、ひとつ許可をいただきたいことがある」

「弟は殺させん」

「ああ、あの耄碌じいさんに特に興味はありません。あれでも父親ですからね。アレを殺したらリオウが悲しみます」

手を適当に振りながらは投げやりに言う。

「では、何を?」

「あと一人だけ、喰うことを。そして、その能力を持つ者を教えてください。あ、あとひとつ。珠翠、大切に保護してくださいね」

「...既に飽和状態じゃ。やめておけ。あと、珠翠のことも入れたら2つじゃ」

の器にはこれ以上魂は入らない。これ以上取り込めば器が崩壊する。

「でも、それをしなくては何のために全てを捨ててあの思い出深い居心地の良い家を出たかが分からないのですよ。まあ、遠い昔に青春を置いてきたバアサンにはわかんないかもしれませんけど。あと、細かいことは気にしないでください。多少、大らかな方が長生きしますよ」

の言葉に瑠花は方眉を上げた。

そして、彼女の袖から覗いている腕輪を目にする。

「まだ持っておるではないか。ウソツキめ。わたくしは今現在既にかなりの長生きサンじゃ。小娘の心配には及ばん」

瑠花の言葉にはグッと詰まったが、それでも食い下がる。

「ウソツキは縹家の家柄でしょう」

「アホ。紅家じゃ」

返す刀でそう返されては次の言葉が出なかった。そうなのだ。紅家はウソツキが多い。秀麗と玖狼の毛色がちょっと違うだけなのだ。

それでも引き下がることが出来ないは言い募ろうと口を開いた。

しかし、それを遮るように「まあよい」と返したのは瑠花だ。

「あれはちょっと問題がある。あれを野放しにするより、そなたの中に仕舞っておいた方が良いじゃろう。それに、そなたが壊れればまだ珠翠という手もあるしな」

そう言って瑠花はある人物の名前を口にした。

「餌は撒いておこう。トクベツじゃ」

「どーも」

「して、わたくしの後継になりたいと申したな?」

「なりたいんじゃなくて、仕方なしになってあげるんです。もうカッスカスでしょ、貴女の中身」

の言葉に瑠花は鼻を鳴らした。そんなもん、とっくの昔だ。

「では、屠るのか?大巫女は当代に1人じゃ」

「あーあー、これだから耄碌バアサンは。さっき言いましたよね、『止めた』って。どうせあと5年位したらぽっくり逝くでしょう。それくらい、面倒見ますよ。それに、今はまだ『縹瑠花』の存在は縹家の支えです。それを失ったら一気に崩壊する。それは、私も望んでない。ゆっくり、引き継がせてください」

の言葉に「生意気な小娘じゃ」と呟いた瑠花の口元は少しだけ緩んでいた。




と言うわけで、ラスボスとの対話です。
ヒロインが何故生きていたかとか。その謎が解明されたというか...
ヒロインは、どこまでも弟優先の瑠花が取った唯一の例外って感じです。


桜風
10.8.1


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