薄紅色の花咲く頃 99




が道を開いたのは『劉輝のいる場所』だ。

たぶん、今ならいるのだろう。だって、夜だから。執務の時間も終わっているはず。

妃を迎えたという話は聞いていない。だから、夜中にお邪魔してもきっと大丈夫。寝室にお邪魔するのは心苦しいけど...

ただ、まあ..不躾ではあったかな?

突然現れたに劉輝は目を丸くしていた。

「お初にお目にかか「?!」

挨拶をしている途中に遮るように劉輝がの名を呼んだ。間違いなく、『』と言った。

しかも、それは旧知の人間に対する声音だった。

あ..あれ?

はちょっと怯んだが、気を取り直して「お初にお目にかかります、主上。縹家当主、縹と申します」と挨拶をした。

「縹、?何を言う。

あ、やっぱり...

劉輝と先ほど目があった瞬間、何か違和感を感じた。こう..自分の術の邪魔をしたというか、術を解いた何かがあったような気がした。

「あー、えと。縹家の当主、あのジイサンから代替わりしました」

が端的に縹家の状況を説明した。

「それで、何でが縹家の当主となっているのだ?」

あ、うん。その疑問はご尤も。というか...

「あんのクソジジィ...」とが唸る。あいつが何かをしたに決まっている。瑠花はそんなことをする暇は無いだろうし。

しかし、の苦悩はそれだけに留まらなかった。

ふと、は周囲を見渡した。

何故、こんなときに限って、今の時間に劉輝は『府庫』にいるのだ?!

劉輝の居る場所に道を繋げた。この時間なら普通は寝室のはずだ。なのに、何故劉輝はこんな夜中に府庫に居るのだ。いやいや、そんなことよりもこれは、まずい...

逃げようと思ったが、もう遅い。

集まった人物達を見ては盛大に溜息を吐いた。何だって、忘れていてほしい人たちが集まってきているのか...しかも、『今日』に。

「姉様?!」

秀麗は目を丸くした。彼女の腕にある数珠のような腕輪。つけたときは澄んでいたのに、今では随分と白く濁ってきている。でも、『間に合った』。

邵可もいる。あれ?紅家の当主になったのに、何でまだここら辺をうろうろしているのだろう。

静蘭はを物凄く疑わしげな、何とも言い難い表情で窺っているし、それに対して、燕青は不思議そうにしながらも、何となく嬉しそうに笑っていた。

楸瑛。そういえば、縹家を出る前に珠翠が言っていた。「何が『迎えに行きます』だ」と。

リオウ。まあ、この子がやってくるのは当然だろう。

そして...

殺気が府庫の中に滑り込んできた。

は構える。同じく、楸瑛と静蘭が腰に佩いた剣に手をかけた。

は口の中で呪を唱え、そして...

ーーーー!!」

自分を襲ってきた男の頭に左手を置き、その男を『喰った』。

さすがに飽和状態であるの器はミシミシと軋む。

苦しさ、痛さ、全ての負荷をやり過ごそうとは蹲ってもがいた。本当に体がはちきれそうだ。

突然目の前で人がひとり消えて、それの原因がおそらく自分たちの知っているがしたことだと察している彼らは言葉が出ない。

苦しむに息を飲む。

は床に爪を立て、力を込めて痛みに耐えている。爪が割れ、血がにじみ、目からはとめどなく涙が流れた。

皆は『化け物』を見るような目で見ていた。

その中でその沈黙を破ったのは、彼だった。

!」

構わず彼女に触れる。今、人がひとり消えた。それでも、彼は躊躇わずに彼女に触れた。

は焦点の合わない眸で彼を見上げる。「絳攸様」と彼女の口が動いた。

「姉様!?」

打たれたように秀麗も駆け出したが「来るな!」とに鋭く言われて思わず立ち竦む。

自分を抱えようとしている絳攸の胸を押して体を離そうとする。

縹家の異能のものにしか使えないこの力。でも、異能の可能性は誰にでもある。縹家と言っても結局色んな血が混じっているし、逆もまた然りだ。

『直系』であっても『純血』なんてものはもう存在しない。長い歴史の中ではよくある話だ。

今の自分は力を思うように制御できない。だから、うっかりその素質がある人まで喰ってしまう可能性がある。

力の源でもある左手を抱え込みながらも絳攸を離そうと押す腕に全く力がなく、絳攸は戸惑いを覚えた。

何をすればいい。どうしたら、彼女はこの苦しみから解放される?

いくら考えても絳攸は答えを持ち合わせていなかった。

暫くもがいていたはゆっくりと気だるそうに顔を上げてグシと目元を乱暴に擦った。

は体を起こし、膝をついて自分を支えようとしていた絳攸を見下ろす。

絳攸の背筋に冷たいものが流れた。

いつもの、どこか余裕綽々の表情は無く、冷たい、感情を一切そぎ落としたその目は自分の記憶の中にあるには不似合いで、だからこそ、殊更このとき目を合わせているに戦慄を覚えた。

恐怖の感情を隠すことなく自分を見上げる絳攸には安心した。

これで、こちらの世界と離れて過ごすことが出来る。

「これは、返します」

は静かにそう言って腕に嵌めていた紅い石がついた腕輪を絳攸に渡した。

受け取ろうとしない彼の手にそっと置いて「紅なんて人間はこの世に最初からいなかったんです」と静かに言う。

絳攸に向けていた視線をゆっくりと秀麗に向ける。

に見据えられた秀麗は動けない。先ほど、初めて怒鳴られ、そして、今向けられているその表情にどうしていいのかわからないのだ。

一歩一歩が近付く。

秀麗を守ろうとして足を動かそうとした静蘭が目を見開く。

動けない。

見える、聞こえる。きっと話すことも出来る。

だが、体が一切動かない。指先すらピクリとも動かせないのだ。

視線をに向けた。目があったはフッと笑う。

思ったとおり彼女の仕業らしい。

」と静蘭が唸るように呟く。

はそのまま秀麗の目の前に立った。

秀麗の心臓の前に手を置く。

やはりは口の中で何かを呟く。そして、そのまま腕に力を込めた。

の腕が秀麗の胸の中に沈んでいく。

秀麗が苦しそうに息を漏らす。

「やめろ!」

言ったのはリオウだ。

「あんた、死ぬぞ!」

心配したのは秀麗ではなく

は振り返って微笑んだ。先ほどまで皆に見せていた圧倒的に冷たいそれではなく、優しい、何かを守るために自分を犠牲にすることを厭わない...おそらく『母親』の表情だ。

リオウは思わず目を背ける。

秀麗との2人が一緒にいるその姿を見たことがある。一緒に行動した。

2人とも、仲が良くて。秀麗はを慕い、も秀麗を大切に想っているのが良く分かった。正直、少しだけ羨ましかった。

自分の故郷ではそういうのは見られなかったから...




ヒロイン、温かな世界と決別の決意。
というか、そのために此処に来たんですけどね。
別の理由はまた今度。


桜風
10.8.29


ブラウザバックでお戻りください