薄紅色の花咲く頃 100





秀麗が目を覚ますと皆が心配そうに顔を覗きこんでいた。

「大丈夫かい?」

優しく問いかける父に秀麗は頷く。

そして、何かを思い出したように胸を触った。確かに、の腕が自分の中に入ったような気がしたのだが...

が『葉医師にもう一度診てもらってみなさい』って」

その言葉の意味が秀麗には何となく分かった。

「え、どういう...」

秀麗は起き上がった。貧血のようにクラリとしたがそれだけだった。

ふと、目に入った腕にはあの数珠のような腕輪が無い。最初自分の腕に嵌っているのに気が付いたときには澄んでいてとても綺麗だった。でも、日が経つにつれてどんどんくすんできた。何度か磨いてみたが、それが元のように澄むことはなかった。

「姉様は?!」

秀麗がすぐ傍にいた邵可に問う。

邵可は首を振った。

「どうして...?」

「リオウ」と劉輝が促す。

「ああ、そうだな」


はあの府庫を後にするとき「あと、ヨロシク」と軽く言って出て行った。『ヨロシク』されたのはリオウだ。

だが、彼はを引き留めようとはしなかった。早く神域である縹家に帰ってもらいたかった。縹家に帰ったらきっと今が隠している負荷も随分と軽減されるはずだ。

リオウは自分の知っていることを話した。

縹家の禍つ力。その力を持っている子が二十数年前に生まれた。そして、その子が受けた予言。それを受けて瑠花が起こした行動。

自分の知っている真実、全てだ。

「俺が知ってるのはこれだけだ。俺が生まれる前の話で、縹家ではそのとき生まれた子は死んだって話になっていたから」

はね、妻が拾ったんだよ」

静かに邵可が続けた。

「そのとき、私と妻はまだ結婚していなかったんだ。彼女が桜の木の下に捨てられていたを拾ってきたと言った。『妾ひとりで育てるにはちと不安じゃ。仕方ないから夫婦になってやる』ってね。それで私は妻と一緒になった。お互い初めての子育てで、きっとにとっても至らないところがたくさんあったと思うよ。の名前は妻が付けたんだ。一生懸命、一晩中唸って、『』と名づけた。そして、もうひとり家族が増えた。秀麗、君だよ。君の名前は私が付けた。一生懸命、一晩中唸って、ね。
が元々何処の家の子かなんて意味のないことだったんだ、私達には。だって、あの子は私達の子供だったからね。でも、そうだね。親離れされてしまった..んだろうね」

寂しそうに俯いて邵可がポツリと呟いた。

あのジジイのところにいるのはちょっと..いや、かなりムカつくけど...

そんなことを心の中で付け加えながらとの思い出を懐かしんでいた。

「もう、姉様には会えないの?」

秀麗が邵可に問う。彼は「わからない」と首を振った。

「あの人は、縹家の当主になったその挨拶に来たはずだ。もしかしたら、朝賀に出てくるかもしれない。けど...」

あれだけの衰弱を見せているは、できるならあの縹家から出ない方がいいだろう。

本人もそれを分かっているに違いない。

だから、朝賀も名代を立てる可能性もある。

「そういえば、珠翠が近々来るらしいぞ」

は去り際に「ヨロシク」とリオウに言ったが、ふと思い出したように足を止めて、

「主上、近々彼女が戻ってくると思います。もし、よろしければまた雇ってあげてください。バリバリ仕事をするには少し間が空いてしまったので、できれば『筆頭』はこのまま十三姫で。彼女が慣れたら戻すもよし、そのまま十三姫が筆頭でもいいと思います。...藍将軍、彼女が呟いていましたよ。『何が、迎えに参りますだ』と」

の言葉に楸瑛はうな垂れた。誰が戻ってくるかは言わずもがなで分かったのだ。その場にいた全員が。


「うーさま」

仙洞省にいた羽羽の元にが現れた。

羽羽は転ぶようにの元へと駆けてくる。

「早く縹家にお戻りください」

月明かりしかないこの部屋の中での顔色なんて分からないが、いい色をしているなんて到底思えない。

は笑った。

「たまには、縹家に戻ってきてください。うーさまも、休まなきゃ」

の言葉に羽羽は言葉を失う。自分の体が辛いのに、羽羽にそのことを言いに寄ってくれた。

「あのバアサンはこれから暇人になっていくので、たまにはお茶の相手がほしくなるでしょうし」

「...ありがとう、ございます」

歪んでいた縹家。それを正そうとしたのは縹家で育ったものではなく、縹家に命を狙われ続けた彼女だった。

縹家の柵が無いから出来たことでもあるだろうが、それでも、羽羽は胸がいっぱいになった。

「姫様」

を前に膝をつく。それは、忠誠の証。

「私は、大姫様を慕っております。ですが、縹家当主である貴女に縹家の者として忠誠を誓います」

そんな羽羽をは笑った。

「忠誠なんて要りません。でも、手伝ってくださることには感謝します。私は縹家のことをろくに知らないのに大きな顔をしようとしているので。あと、聞きたいことが...」

そう言って肩を竦める。

「私に出来ることなら、何なりと」

その言葉には笑って「ありがとうございます」と返し、羽羽に聞きたいといっていることを口にした。

羽羽の返事を聞いては少しの間思案したが、体がきついことを思い出したのか、やっと縹家への道を開いて帰っていった。




ヒロインの過去が皆に明らかに。
うーさまとも会いましたし。
お家に帰ります。


桜風
10.9.5


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