薄紅色の花咲く頃 101





縹家に着いた途端、は膝をつく。

どっと汗が噴出した。何とか、帰ってくるまで持った。

「少し休むがいい」

俯いているはその表情は見れないが、足元を見るだけで瑠花が言ったことだとはわかった。

「そうします」

歯を食いしばって立ち上がり、自分の室へと向かった。

の背を見送る瑠花は、少し複雑な表情をしていた。が戻ってきたことはそれなりに喜ばしいが、同時に『あれ』を連れてきたのが気に食わない。


「久しぶりじゃな、璃桜」

の室にやってきた璃桜に『』がそういう。

「やっと会えた、薔薇姫」

殆どの者が見たことのない縹璃桜の心からの笑顔。

「して、何のようじゃ?」

「その娘を殺しに来た。その娘を殺せば貴女が貴女でいられる」

「言うと思った。じゃが、そうしたら妾は二度とそなたと会うことはない」

キッパリとそういわれて璃桜は傷ついた表情を見せる。

「私は、随分と我慢した」

「大人じゃ。当たり前のことを訴えるでない」

ぴしゃりと叱られて璃桜はしゅんとする。

「でも」

「でも、ではない。いいか、璃桜。は妾の子じゃ。子に仇なす者を赦せる親などおらん」

は私の娘だよ。だから、私の好きにしていいんだ」

だから、薔薇姫と共に過ごすためにその娘を殺す。璃桜は堂々とそう宣言をした。

はそなたをどういっておった?『父』と呼んだか?呼ばなんだであろう。璃桜、いいかえ。妾はこれから静かに眠る。の中にいるいくつかの魂を引き連れての深いところで眠ることにした。『白』がしたように。じゃが、そなたがを殺したら妾は二度とそなたの前に姿を現すことはない。覚えておくことじゃ」

「では、結局私は貴女に会えないことになる」

「それはちがう」と『』は首を振る。

「それは違うぞ、璃桜。は妾が育てた。は妾が作った饅頭を作れる。妾が教えた歌を歌える。妾が薬草の見分け方を教えて妾と共に薬を作った。は確かに妾ではない。じゃが、妾の教えたことを受け継いでいる。親と子というものはそういうものじゃ。親は自分の残せることを子に残して先に逝く。それが世の常で、理じゃ。と共に過ごせば妾が見える。妾の言葉を、味を、..想いがに引き継がれていると確信しておる」

「でも、それは貴女ではない」

「そうじゃ。それはじゃ。妾でもないし、秀麗でも邵可でもない。じゃ。時の流れと言うものはそういうものじゃ。璃桜、そなた20年以上我慢してくれたな。しかし、もっと我慢してくれ。は秀麗に髄分と『分けた』から、そう長くは無いと思う。そなたと、もしかしたらあと同じくらいやもしれん。の中に入って、初めて気が付いた。この子がここまでボロボロであったことを。妾は昔、秀麗を守った。次は、を守ってやりたいのじゃ。いいな、璃桜。聞き分けてほしい。頼んだぞ」

そう言って『』は横になる。

それを見ていた璃桜は唇をかみ締めていた。子供が我慢するときのようなそんな表情だ。

そして、踵を返す。室を後にするとき「わかった」と呟き、そのまま出て行った。



「母様?」

夢の中と言うのは分かる。自分はまだ起きれない。

母は微笑んだ。

「すまなかったな、そなたに色々と押し付けてしまっていたようじゃ」

「要らないものは要らないように躾けられているので、押し付けられたものは何ひとつありません」

の言葉に彼女は泣きそうになる。

「そなたが何処から来たかは、分かっておった」

「おそらく、父もですよ?」

彼女は頷いた。

「守ってやれなんですまなかった」

「あなたと、父からたくさんのものを頂きました。もう、それだけでお腹いっぱいです。あと、せっかく秀麗のために貴女が賭けたものを勝手に取ってきて、すみません」

彼女はを抱きしめた。

途端、の瞳から涙が流れる。

「すまなかった。そなたがそこまでしなくてはならなくなった。本当に、すまない。不甲斐ない母ですまない」

「白ちゃんと黒ちゃんは、さすがに引き受けられませんでした」

先ほど、が喰ったのは、能力だけを吸収できる能力を持っている男だった。今の縹家にはその男だけだった。みたいに、全てを引き受けるのではなく、異能の力だけを盗む力。

ただし、相手の真の名前..魂の名前を知らなくては異能を盗めない。だから瑠花がその名前を流布した。今、縹家の持つ異能を全て持っているを狙えばその男が最強になる。

それが、瑠花の撒いた餌だ。

男はその餌に食いついた。そして、餌に喰われて消えた...

その男の能力を使っては秀麗の中の薔薇姫を取り出し、自分の寿命を置いてきた。

「それでよい。あれらは秀麗のことが好きじゃ。秀麗の傍にいたいのであろう。、妾はそなたの中で眠る。少しでもそなたが苦しむことがないよう、他のも引き連れて深い眠りにつく。じゃから、これが最後の挨拶じゃ」

『最後の』という言葉に胸がズキンと痛んだ。

「はい。ごめんなさい」

の言葉を聞いて彼女はぽかりとの頭を叩く。

「何故そなたが謝る、。妾と邵可が不甲斐なかっただけじゃ。すまぬというのは妾たちの方じゃ。すまぬ、。もう会えなくなるが、妾はこの先もずっとそなたを愛している。それは忘れてないでほしい」

はコクリと頷いた。

「ありがとうございます」

「いい子じゃ」

そう言って彼女はの頭を撫でた。

、自由に生きるのじゃ。そなたはそなたじゃ。誰でもない。好きなものを好きと言っていい。少しは我慢しなくてはならないこともあるはずじゃ。それは、そなたが大人じゃから仕方ない。でも、すぐに諦めるのはよくない。いいな?好きなものは好きと言うてみるのじゃぞ?」

母の姿が少しずつ遠ざかっていく。それと同時に自分の体が少し軽くなった。

彼女は言ったとおりの器の中に混在していた魂をいくつか連れて眠りにつくために深いところに降りてくれているらしい。

「ありがとう、母様」

また涙が溢れた。『ありがとう』と言う言葉を何度も繰り返してはそのまま深い眠りに着いた。

を頼んだぞ」

「そなたに頼まれなくとも、面倒を見るつもりじゃ」

の夢の中に入り込んでいた瑠花に薔君が声をかけた。

お互い馬が合わない。それは、まあ仕方ないことだ。

「そなたがそう言ってくれるなら安心じゃ」

微笑む薔君に瑠花は不快そうに表情を歪めた。

そして、もうひとり割り込む。

瑠花はその人に心当たりがあるような気もしたが、『誰』というのがわからない。

薔薇姫は笑った。

「そなたまでもここに来るとは」

「少し引き受けましょうかと声をかけたのですが、自分の罪だからと言って断られてしまいました」

そうだろう。はそういう生真面目なところがある。

「そう言ってもらえただけでもは嬉しかったと思うぞ。そなたにも、のことを頼んで良いかえ?」

彼女は頷いた。

「彼女もまた、私の子ですから」

には母も多いな」と薔薇姫は笑う。

「では、これで妾も心置きなく、眠りにつくことが出来る」

そう言って薔薇姫は微笑み、すぅと溶けていった。

残された瑠花は先ほど突然現れた彼女に視線を向けた。

彼女は微笑み、「貴女もお疲れ様でしたね」と優しく労う。不思議と泣きそうになった。

「でも、きっとこれからも別の意味で大変。守り続けることとは違う『大変』があるはず。は大人しくってのが苦手でしょうから、まだまだ貴女も大変が続きそうね」

そういう彼女に瑠花は思わず溜息をついた。

「それでも、きっとああいうのが今の縹家に必要なのでしょう」

「ええ、そうかもしれませんね」

そう言って彼女は消え、瑠花は溜息をついて、そしての夢から出て行った。




お母さんともさようなら。
でも、彼女の体も楽になりました。
瑠花も結構彼女の事を気にいってます。


桜風
10.9.13


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