薄紅色の花咲く頃 102





「明日、珠翠が来るって。文が俺のところに来た」

リオウがそう教えてくれた。だから、彼女を迎える時間を取った。

時間ぴったりに彼女はやってきた。一緒に引き連れている人物にその室にいた皆は驚く。

「迅?!」

最も驚いたのは、楸瑛だ。

「よお、なんだ。まだ居たのか」

迅は悪びれることなくそういった。

「うるさい!」と返す楸瑛はそのまま珠翠を見た。

「あの、珠翠殿...」

珠翠は楸瑛を見てにっこりと微笑んだ。

「あら、居たのですか?」

痛い、これは痛い。

皆は楸瑛から視線を逸らした。

そんなことを気にせずに珠翠は劉輝の元へと足を進める。

「主上」と声を掛けると「うむ」と劉輝が頷いた。

「久しぶりだな、珠翠。元気そうで安心したぞ。から聞いている。また戻ってきてくれるそうだな。これで十三姫の負担も軽くなる」

しかし、珠翠はそんな劉輝の言葉に頭を振った。「いいえ」と。

どういうことか、と劉輝は首を傾げる。

「今日、私は劉輝様にお別れを言いに参りました」

「どういうことだ?」

「私は、様の補佐を務めたいと考えております。あの方は、一人で縹家の全てを抱え込もうとされておられます。今の、瑠花姫のように。それがどれだけ大変なことか...あの方は今まで一度も縹家で生活をされていらっしゃいませんでした。それどころか、縹家に命を狙われて生活をしてこられたのに、縹家のために自分の命をかけられると仰るのです。ですから、私に出来ることがあれば、と思いまして...
以前、こちらを辞するときに主上にご挨拶が出来ず、それが気がかりでしたから、今日ご挨拶に参りました」

「待ってください、珠翠殿」

「何ですか、ボウフラ将軍」

冷たい珠翠の声音に楸瑛は思わず怯みそうになった。だが、ここで怯んだら一生会えなくなりそうだ。がんばれ、自分!

殿にはその話はされておられるのですか?あのとき、殿は珠翠殿がこちらにお帰りになられると仰っていました」

「いいえ、まだお伝えしていません。でも、もう決めました。少しでもあの方の負担を軽くしたいと思っています。あなたが主上をお支えしたいと思っているその気持ちと同じです」

そう言われれば楸瑛も反論できない。すごすごと引き下がる楸瑛に迅が笑った。

「何だ、根性ねぇな!」

「う..うるさい!!」

「迅。あなたは自由にしてもいいのよ。様もそう仰ってたでしょう?」

「わりぃな。俺は縹家に厄介になるって決めてる。こっちには、ついでに挨拶したかったのが居たから一緒に来させてもらった。俺じゃあ縹家とこっちの道を開けないからな」

珠翠はじっと迅を見た。彼は肩を竦めてその視線を受け流す。

「まあ、いいです。人それぞれ事情がありますからね。私はまだご挨拶をしたい方がいますから、日暮れに城門で。あなたもお別れをしたい方がいるのでしょう?」

そう言った珠翠に「おう」と返して迅は室を出て行った。

珠翠は劉輝をまっすぐ見た。

「主上、どうかお体に気をつけて。好き嫌いをしてはいけませんよ。寝るときは体を温かくして。あと...」

思いつく限りのことを残そうとしているようだ。

劉輝は苦笑した。

「わかった。珠翠も元気でな。のこと、余も心配だ。頼んだ」

楸瑛のことを思ったら何となく引き止めたほうがいいような気がしたが、それでも珠翠のその決心は揺るぎそうに無い。だから、送り出すことを選んだ。

「また、こちらにも来てください」

振られた楸瑛も笑顔でそういった。

「あなたのそのボンボンなところは、嫌いではありませんでした」

珠翠はそう言って劉輝に向かって礼をとり、室を出て行った。

「楸瑛、その...良かったな。嫌いではなかったといったぞ?」

「『好き』でもないみたいですけどね」

トホホと彼は笑い、そう返した。

まあ、そうなのだが...でも、劉輝にとってはその声音はかなり好意的だったように思えた。


珠翠が次に向かったのは府庫だった。紅家の当主となったらしい邵可だが、まだ出仕をしていると聞いた。

府庫に入ると優しい微笑を湛えた邵可が歓迎してくれた。

「よく来たね、珠翠」

「邵可様...」

その微笑を見るとほっとする。

自分を守り続けてくれた人。役に立ちたいと思って一生懸命だった過去の自分を思い出す。

でも、自分が選んだのは邵可ではなく、。きっと邵可には補けるが必要ない。でも、には必要だと思う。

を補けるてくれるんだね?」

「はい」

頷く珠翠に邵可は深く頭を下げた。そんなことをされて珠翠は慌てる。

「お顔を上げてください」

のこと、頼んだよ。あの璃桜や瑠花と共に居るというのは物凄く気に入らないけど。でも、はもう縹家の澄んだ空気の中以外では生きていけないんだろう?」

珠翠は目を丸くした。何故、それを知っているのか...

「本当は秀麗がそうだった。随分と消耗していた。たぶん、あの腕輪はが付けてくれていたのだろう?あれで随分と持ったようだけど、もう限界が来ていたんだと思う。それに、あの時、は秀麗に分けてくれた。自分の中にあるものを半分以上。だから、もうの方が持たない」

珠翠は睫を伏せた。それが、答えた。

「最後にあの子を抱きしめることが出来なかったことが心残りだけどね」

寂しそうに言う邵可に珠翠は胸が痛くなる。彼からを奪ったのは縹家だ。

「珠翠は何も悪くないだろう?」

泣きそうな表情をしている珠翠に邵可が言う。

「申し訳、ありません」

ぽたりと涙を零して珠翠が声を絞り出す。

「いいんだよ。選んだのは他でもない、だ。が選んだことなら私は口出しをしない。秀麗が選んだことに口出しをしないのと同じようにね。には珠翠が居てくれるから安心だよ」

優しく頭を撫でて邵可が言う。

だから、改めて誓う。をめいっぱい補けて、そして邵可への恩を返すのだ。

「でもね、珠翠。君は自由だからね。だって、君が選んだことをどうこう言わないから。何か選びたくなったら目を瞑らずにきちんと自分に向き合うんだよ?」


夕暮れ時。珠翠は城門に居た。

「ほんとに来た」

呆れたように珠翠は呟いた。

「言ったじゃねぇか」

「十三姫はいいの?あと、ボウフラ将軍も」

「はっ。あいつらは大丈夫だよ。それに、俺はこっちに居る方がどうにも居心地が悪いんだよ」

迅の言葉を聞いて珠翠は頷く。

そして、縹家への道を開いてその場から消えた。

「いいのかい?」

楸瑛が声を掛けると彼女は楸瑛のわき腹に肘鉄を食らわした。「うっ」と呻く兄に「いいの!」と返す。

彼が生きているならそれでいい。

とはあったことが無い。でも、皆の彼女の思い出を聞くときっと彼女に任せておけば大丈夫だと思った。

「ほら、兄様も行きましょ。本格的に振られた兄様を慰めてあげる」

見たくなかった現実を突きつけられて楸瑛は唸った。




珠翠たちも道を決めました。
まあ、珠翠はもっと前に決めていましたし、迅も戻れない事情がありますし。
そんなこんなで縹家が増えていきましたねぇ...


桜風
10.9.19


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