薄紅色の花咲く頃 103




は執務中、ふと手を止めた。道が開いたのに気がつき、その道を通って帰ってきたのが『誰』かがわかった。

「あら、珍しい」

そう呟いてまた手を動かす。

少ししたら扉を叩く音がした。とても控えめに。

「どうぞ、開いてるわよ」

そういうとギィと音がして扉が開く。開いた隙間から顔を覗かせてきたのはリオウだった。

「お帰り」

の言葉にリオウは目を丸くして「ただいま」とぽつりと呟く。

「入るか出るか」

と声を掛けられて扉から顔を覗かせていただけのリオウが躊躇いがちに室の中に入ってきた。

「どうかしたの?」

手を止めてが声を掛ける。

リオウは『当主』が仕事をしているのを初めて見た。

が貴陽に姿を見せてから既に3ヶ月。いや、まだ3ヶ月と言うべきか...

その間、はまず当主として仕事を瑠花から引き継ぎ、その執務を行っている。大巫女については渋られている。きっと珠翠と何か結託していることがあるのだろうが、それを止めたくて早く分けろといっているのに...

「あ、あの...」

リオウが意を決したように口を開くと扉が開いた。

間の悪い、とはそちらを見た。扉を開けたのは二胡を手にした璃桜だ。

「父上?!」

「あ、もうそんな時間...リオウ君、ちょっと待っててくれる?あ、ついでだから一緒においで」

そう言ってが立ち上がった。リオウはワケが分からないままの後を着いて歩く。に並んで歩く父の姿が不思議だった。部屋から出てこないのに。たしか、50年くらい室に引きこもりっぱなしだったと聞いた。

が向かった室にはたくさん人が居た。外から避難してきた人や、元から縹家の者。『白い子供』もいる。

どういうことだ?!と目を白黒していた。

「おや、帰っておったか」という声を聞いてリオウは驚いて振り返る。その場には瑠花も居た。

「癪ではあるがの」と苦笑して彼女は適当なところに座った。周囲はそれを気にも留めない。あの、『瑠花』が地べたにぺたりと座っているのに誰も椅子を用意しようとしない。リオウはどうしていいのか一瞬迷った。そんな中、「小姫(ちいひめ)様、はやく」と誰かが急かした。

「はいはい」とが返事をしてその手に持った二胡の調律を済ませてそして、弾き始める。

秀麗の二胡の音は聞いたことがある。あれとは音が違った。

でも、この音は縹家に相応しいと何となく思った。

1曲弾き終わったが「じゃあ今日は...」と言いながら白い子供のひとりから預かった紙を見て「はいはい」と呟きもう1曲奏でる。

皆は静かにその音色に身を委ねていた。

がその曲を弾き終わるとそれぞれが解散し始める。どうやら、2曲までと決まっているようだ。

「では、。また後でな」

そう言って瑠花が室を後にする。「大姫様」と白い子供も瑠花の後をついて出て行った。

に紙を渡した白い子供はに何かを言うとがその子の頭を撫でる。殆ど表情は無いが、嬉しそうだということが分かった。その子は室を出て行った。

がここに来て3ヶ月。その間に縹家は随分と変わった。

「変わっただろう?」

父が呟く。リオウは「はい」と呆然と呟いた。

「姉とは違うからな、あれは。姉は守ってきた。あれは、変えに来たらしい。お前は、どうだ?」

リオウはビクリとした。何かを見透かされているようなその言葉に心臓の鼓動が早くなる。

璃桜はそんな息子の様子を意に介すことなくそのままふらりと室を後にしようとした。

「あ、こら。ジイサン。息子の話を聞いてやれ」

がそういう。父親を『ジイサン』と呼んでいるらしい。

「あ、あの...」

「相談、でしょ?」

の言葉にリオウは目を丸くした。

「なん..で?」

「勘、よ。乙女には勘があるの。それがまあ、当たるんだな」

「乙女」と鼻で笑いながら璃桜がの言葉を繰り返す。

「ジイサンとはどうやっても並べませんからー」とが返した。

暫くリオウの言葉を待った。璃桜も付き合うことにしたらしく、地べたにごろりと寝転ぶ。

「実は」とリオウが切り出すまでに随分と時間が掛かった。

リオウの相談の内容には「ふーん」といい、璃桜に至っては無反応だ。

「過去の王家で取られた方法ではあるわね。多く無いけど、少なくも無い。でも、周囲を納得させるのにちょっと骨が折れるかな?いや、リオウ君なら...」

の言葉に璃桜は頷いた。

「まあ、縹家って王家の裏だし。いつでも王になれる『血』ではあるものね。でも、それをすることに対して主上には合理的な理由が無い。あの人に種が無いとかそういうのが分かったあとなら、リオウ君を養子にするってのは納得ね。でも、今はそんなこと分かんないから必ず大反発を食らう。逃げるためにリオウ君を盾にしようなんて考える人じゃないのは分かってるけど、結果的にそうなることが無きにしも非ずね。あの人の選択って時々残念な感じになるからなー」

がそうやってぼやいている傍らで「好きにしたら良い」と投げやりに言うのは璃桜だ

その言葉にリオウは俯いた。

「黎深様みたいよ、ジイサン」

「紅家と一緒にするな」

「いやいや、一緒だったよー。絳攸様に対する黎深様のその態度と同じだわ。ねえ、リオウ君。まず、あなた自身はどうしたい?」

「俺?」

リオウは躊躇った。というか、まだ答えが出ていない。どうしたら良いのか。

「でも、俺は縹家に要らない。無能だから」

「誰が『要らない』って言ったの?」

の語気が強くなる。リオウは少し怯えた。が怒っているのはわかった。でも、何故かが分からない。

「誰がそんなことを吹き込んだの?ほら、苛めに行ってあげるから、名前を教えて。
って、冗談はともかく。ねえ、リオウ君。無能の反対の言葉は何?」

「有能...?」

「でしょ?異能がつまり有能とは限らないの。それはまず押さえておかなきゃいけない事実よ。リオウ君は、うーさまのところで半年?仙洞省令君として仕事をしてきたわよね?」

の言葉に頷いた。

「それって、半年もできるもの?簡単なこと?違うわよね。でも、あなたはまだ子供なのに、きちんとその任を負っているでしょ?」

「でも、いつも一寸じいさんに助けてもらっている。俺は、言葉を選ぶのもまだヘタで」

「当たり前じゃない。こんな狭い世界にいたのに、言葉を選ぶとか出来たらそれは凄いって言うか逆に怖いわよ。あと、うーさまに助けてもらったって言ったわね?当然よ。だって、彼はあなたの補佐でしょ?」

なんでもないことのように言うにリオウはきょとんとした。

「これは、こうやって縹家の中を変えている。煩くて敵わない」

璃桜の説明には彼を見て無言の抗議をした。事実なので反論はしない。

「今すぐ答えの要ること?」

「あ、いや。王は急がないけど、考えてもらいたいって...」

「ま、すぐにぽっくり逝きそうなここのジイサンじゃないんだし、もうちょっと時間をもらいなさい。主上だって、たぶんちょっと後悔してるわよ。あなたをこうやって悩ませてしまったって」

の言葉にリオウは俯いた。

「ところで、ついでだからリオウ君。あなたの誤解を解いておきましょう」

はそう言って璃桜を見た。彼は微かに頷く。

リオウは首を傾げた。

「あなたは瑠花の子供ではないわよ。ここのジイサンの子供ではあるけどね」

「え...?」

リオウは目を丸くした。が何故自分がこのことを思い悩んでいると察したのかが不思議だった。

「ここで生活をするようになって、そんな変なことを言ってる人たちがいて。んなはずないって思ってこの人に確認したら違うって言うし。系図を調べてみたらやっぱりそうで。でも、噂話だから本人達が面と向かって周囲に違うとか何とかってのは言わなかったみたいで。いやな思いをしたわね、リオウ君」

「...じゃあ、俺の母親って」

「あなたのお祖父さんは、官吏よ。旺季殿は知ってるでしょ?その人があなたのお祖父さん」

「嘘だ!」

反射でリオウが反論する。

「何故?」

「だ..だって...その」

なんか、想像つかないっていうか。縹家の外からの人間を璃桜の妻として受け入れるなんて想像つかなかった。

「あのね、瑠花至上主義者の集団で構成されていた当時の縹家で、このジイサンと結婚とかありえないわよ。私の母もどうやら外から避難してきた人らしくてね。うっかりこのジイサンを襲ってしまったら私を身篭って。でもって、瑠花にいじめられつつも何とか私を産み落として命も落としたんですって。私の持っていた神力に耐えられずに。
ね?この人の子供を産むなんて縹家の人間ではありえないし、そこまで瑠花は壊れていないのよ。おかしかったのはおかしかったと思うけど」

リオウは俯く。

「ま、どちらにしても衝撃の事実だったかしらね。さっきも言ったけど主上に聞かれたことの答えは時間をもらいなさい。主上は分かってくださるだろうから。さて、リオウ君。何食べたい?里帰りして美味しいものを食べて帰らなかったなんて寂しいでしょ?」

「薔薇姫の饅頭」と言ったのは聞かれてもいない璃桜だ。

父の積極的な発言と言うのは珍しくて仕方ない。

「あ、えーと。野菜が多いのが...」

「はいはい。じゃあ、饅頭と野菜をふんだんに使った何かね?」

そう言ってはその室を後にした。

リオウが父を見ると満足そうに微笑んでいた。縹家がどんどん変わっていく。高揚感に似た何かがリオウの胸の中に広がった。




リオウも変化のとき。
何となくそういう話が出そうだなーと、原作を読んでいて思ったというか...
元々縹家と紫家は血縁関係があるので。


桜風
10.9.26


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