薄紅色の花咲く頃 105





こそっと柱の影から彼を見守る人物が2人。

「ねえ、どうしよう。声をかけたほうがいいと思う?」

「私に聞くな。というか、お前も絳攸に構いすぎだ」

つまりは、『自分を構え』。彼はそう言っている。絳攸は心配だが、彼女が自分以外のことを考えるのは気に入らない。

子供じみた独占欲全開の夫に溜息をつく。

まったく、どうしてこんなに...

「あのね、黎深。色々あったけど、絳攸がああなっているのは何が原因か分かってるんだよね?」

「手に持っているものを見れば分かる」

随分と長い間絳攸は落ち込んでいた。出仕はしているし、どこかの誰かさんみたいに仕事をサボっている様子もない。だが、やはり帰宅して独りになると思い出すようだ。きちんと仕舞っているそれを取り出して眺めては溜息。絳攸は約3ヶ月前にから返された腕輪をいつまでも大事に持っていて、それでいて動けないでいるのだ。

「縹家は万里大山脈だったか」

黎深の言葉に彼女は頷いた。

「あれが行くとまず餓死だな」

否定できない。

『あれ』こと絳攸は、極度の方向音痴で、この邸の中でもしょっちゅう迷っている。

そもそも、その万里大山脈に行き着くことが出来るのか...

「第一。に会って、その次はどうするのさ」

「そんなもんは、自分で考えればいいだろう」

そのとおりだ。そのとおりなのだが...絳攸は自分と黎深が育てた子である。全くこと育児に関して不器用な自分たちが育てた絳攸はこれまた不器用に育った。育て方云々もあるが、彼自身の生い立ちや性格も加味されて、まあ、大変不器用な青年となっている。

「たぶん、絳攸は自分の気持ちすら整理できてないと思うんだけど...」

おそらくそのとおりだと思う。

こうして気持ちが沈んでいる理由がこれまた分からないから鬱々と考えてまたどんどん沈んでいく。

だから、声をかけて答えへの道を示すべきなのかと色々悩んでいるのだ。

一瞬、玖狼に頼んでみようかと思った。

紅家の人間は不器用なものが多い。その中で玖狼はまだ人の感情等に敏い方だから何とかうまく絳攸を救い上げてくれるのではないかとも思ったが、そうしたら今度は黎深に手がつけられなくなる。


翌日、百合は寺子屋に向かった。

黎深が当主の椅子を邵可に渡して以来、百合はかなり時間が取れるようになった。だが、3ヶ月前のあのとき以来、皆の記憶から消えていたは甦り、寺子屋の子供達がについて邵可に「いつ帰ってくるの?」と聞いてきたのだ。

それに困った邵可は百合に寺子屋を頼むことにした。

が戻ってくることはない。だが、師は必要だ。この子達は読み書きをから教わり、そしてたくさんの可能性がその手にあったのだ。途中で投げ出させるわけには行かない。

いつも忙しくしていた百合は逆に時間が出来たことによって落ち着かない日々を送っており、邵可の頼みはこれ幸いに引き受けた。

「百合師」

何となくここ最近のことを考えていると子供達に声を掛けられる。

「ああ、ごめん。何?」

師は、いつ戻るの?」

戻らない人をずっと待つこの子達のことを思えば、きっと真実を話したほうがいいのだろう。そう思って百合は子供達にの話をした。

子供達は皆とても残念そうにした。

師はウソツキだ!」

誰かが叫ぶ。それを否定できない百合は黙っていた。

「そんなことないもん!」

また誰かが反論する。

子供達がそうやってについて話をしているとき、「おい」と声を掛けられた。

百合が振り返ると、そこにいたのはリオウだった。

「あら?どうしたの?」

この子が寺子屋に通うなんてことはありえない。だが、ここに来る理由も思いつかない。

「いや。えーと...姉..上が、ここのことを気にしてたみたいだから。ちょっと様子を見ようかと思って...」

照れくさそうにリオウがのことを『姉上』と言う。

「あー、そうでしょうね。は適当に投げ出す子じゃないから...あ、そうだ。今度縹家に帰ることあるかしら?」

百合が問うと「俺は当分帰らないけど、羽羽は帰ると思う」とリオウが返す。

「いつ?」

「分かんないけど...何でそんなことを聞くんだ?」

「じゃあ、10日は待ってもらえるようにお願いできる?」

「いいけど。だから、何で...」

さらに問いを重ねようとしたリオウに百合は「そのときに分かるわ」と言ってニコリと微笑んだ。


10日後、回廊を歩くリオウに声をかけてきた人物が居た。仙洞省へ戻る途中の出来事だ。

振り返ると自分に声をかけて来たのは、邵可で大きな風呂敷を手にしている。その中には、たくさんの紙があった。

「何だ?」

「縹家に戻られる羽羽殿に預かってもらいたいものなんですよ。お願いできますか?」

仙洞省令君であるリオウと府庫の管理が仕事の邵可。どちらが上かという話になったらリオウの方が位が上だから邵可は敬語を使う。

「わかった。預けておく」

預かろうとしたが、「仙洞省までお持ちします」と言って邵可がリオウにそれを渡さない。

「...当主殿はお元気でしたか?」

リオウは敢えて邵可を見なかった。

「ああ、元気だ。あそこにいる限りは、かなり『持つ』と思う」

「そうですね」

寂しげに呟く邵可の声にリオウの胸がズキンと痛んだ。

仙洞省の入り口で邵可とは別れた。荷物は部下が持ってくれてリオウは羽羽にその荷物の説明をしただけだ。

「しかとお預かりいたします」

羽羽はぽんと胸を叩いて深く頷いた。




絳攸、久しぶりに出てきましたよね。
グチグチ悩んでくれちゃってます。
そして、百合姫と黎深も心配。


桜風
10.10.10


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