薄紅色の花咲く頃 106





羽羽が縹家に戻ると、がそこに立っていた。

「お帰りなさい」

「姫様」

「今は小姫って呼ばれています。体は、私の方が大きいんですけどね」

笑いながらが言う。羽羽が体に不釣合いな大きな荷物を持っていることに気が付いて、それに手を伸ばした。「持ちましょう」といいながら。

「これは、小姫様にと預かったものです」

そう言って羽羽はそれを差し出した。邵可から預かった風呂敷だ。

何だろう、と隙間から見えるその紙を見ては瞠目した。

鼻の奥がツンとなる。

「ありがとう、うーさま」

「いいえ。私にはこれくらいしか出来ません」

「...瑠花は室に居ると思うから。どうぞ」

そうがその場から出て行くように羽羽を促した。それを失礼だとか全く思わない。きっと彼女はひとりになりたいと思うはずだと羽羽も分かっている。

はその荷物を自分の室に持って帰った。今日の当主業はお休みだ。

風呂敷を開いてひとつひとつ束を取り出す。

それは、が茶州に行く前に寺子屋の子供達に出した宿題だった。

みんな自分の好きなことを研究すること。

彼らはその研究内容をまとめて、そしてに提出した。

全ての子供達がそれぞれの研究をしていた。中には共同研究をしていた子供達も居る。

皆、字が上手くなっていた。内容もしっかりとまとまっている。

そして、その報告書の下に敷かれた紙があった。

恐る恐るそれを手にする。

その筆跡は百合のものだった。

開いて苦笑。説教が延々と続いている。

そういえば、戻ったのに挨拶にいけなかったな...

さすがにあの状態で紅家まで足を延ばすことは出来なかった。それは自殺行為に等しい。

でも、今でも外に出て長い時間そこで過ごすのはきついと思う。そうは言っても、あのときに比べられば随分と楽にはなった。それもこれも、母のお陰だ。


「大姫様」

に言われた室に行くと、そこでは瑠花が羽羽を待っていた。

「よう戻ってきたな」

「はい」

もこもこになった羽羽を見て、瑠花は俯く。

彼を裏切り者と思っていた時期もあった。いや、つい最近はではそうだった。頑なに、あの縹家を守ろうとしていた自分には羽羽の行動は自分への裏切りにしか映らなかった。

だが、突然竜巻がやってきて、今まで作った縹家をガシガシ壊していき、色々と変えた。

めまぐるしく変わっていく縹家に寂しさを覚えたが、これが時代かと最後には納得した。それに、悪いことばかりではない。縹家に活気が戻ってきた。

あの白い子供達も、昔のように人形のように何も出来ない存在ではなくなった。そして、こうして羽羽と顔を合わせても心が騒がない。

「茶を、共に飲んでくれるそうだな」

「喜んで。私がお淹れいたします」と手を伸ばした羽羽の手をぴしゃりと叩いて、「わたくしが淹れる。大人しく待っておれ」と瑠花が言う。

驚いた様子を見せた羽羽だったが、「恐れ入ります」と瑠花の命令に従った。

「日暮れ時にはあれが二胡を弾いておる。皆で聞くことになっておるのじゃ」

「ええ、リオウ様から伺っています。私も聞いてみたいと思っておりました」

「それなら、共に参ろう」

瑠花の言葉に羽羽は嬉しそうに頷いた。


「うーさま。あれから各地はどうですか?」

夕食を共にした後、は羽羽を執務室に呼んで話を聞いている。

「藍州以外は安定しております。」

「まあ、なんと言うか...ひとつで済んでよかったって言っても良いのかしら?」

遠い目をして彼女はそう呟いた。



貴陽から戻って次に目を覚ましたはすぐに瑠花の元を訪ねた。

「何じゃ」と応じる瑠花の機嫌はあまり良くない。

「九彩江の、宝鏡」とが言う。瑠花は視線でその先を促した。

「あれって、『ひび』ですよね?持つんですか?」

「100年持たせるつもりで作られておったが、100年はムリじゃな。もってせいぜいその半分じゃ」

「でも、既に100年の半分は経過してるから、その半分で20年程度ですかね」

と瑠花の会話に珠翠が驚いた。

「あれは、粉々に...」

「黒狼が割ったのは、あれはホンモノの宝鏡ではない」と瑠花。

「あれは、瑠花の精神をあっちに飛ばすための媒体で、正しく宝鏡ではないの。それなりに力を持っていたけどね」と

「そんな!でも、あの揺れ方。あれはどういう...」

珠翠が困惑したようにと瑠花を交互に見た。

「言うたであろう?『ひび』が入っておると。その影響じゃ」

「誰が?どうやって?!」

「さあ?それでなくとも、縹家って周囲に敵だらけだから。でも、あれが破られたらまずいよねぇ。他の物は、今のところまだ大丈夫らしいけど、どうします?」

貴陽に戻ったとき、は羽羽にそれも訪ねていた。他が破られたらこれまた大変なのが倍増する。

「他のは結界を強めた。もう大丈夫のはずじゃ。こっちの扉も今のところ全部開けておる。問題はあの宝鏡じゃな。さて、どうしたものか...」

あのとき、は自分の判断で結界を張った。それは応急措置と言うか、その場しのぎにしかなっていない。そろそろ本腰を入れて対策を講じなくては...

「碧家と話をするのは避けられないでしょうね」

「そうじゃな。誰を名代に立てるか、じゃ」

瑠花の言葉にがきょとんとした。

「頭を下げるのは一番上の仕事ですよ。一番上の者がきちんと出来ていなかったのだから」

その言葉に瑠花は眉間に皺を寄せた。

「そのとき、そなたは当主ではなかったであろう」

「でも、今の最高責任者が私です。そして、今の時点で碧家と話をするのだから、私が話をすべきでしょう」

「そなた、外には出られぬぞ」

「少しなら大丈夫ですよ。第一、いちばん最初に対応しなくちゃいけない問題でしたでしょう?」

の言葉に瑠花は睫を伏せた。そうなのだ。だが、何となく、という言い方は無責任とは思うが、先延ばしにしてしまった。の施した術がかなり強力だったこともその原因だが、早いに越したことは無い。

「碧家の当主に見てもらって、どれくらいその鏡が持つかを鑑定してもらいましょう。案外持つかもしれないし」

全く根拠と説得力の欠片もない希望的観測だ。

たしか、碧家の現当主は女性で、次代がその息子だったか...では、きっと彼女が引き受けると言うだろう。それが母親だ。

「ろくでもないことは考えるでないぞ」

の思考を読んだかのように瑠花が言う。は肩を竦めた。先に釘を刺されてしまった。

まあ、ね。これ以上やったらこっちを中途半端に投げ出してしまうことになるし...

は瑠花が刺した釘に納得して頷いた。



「私が名代になります」

各地の神器の確認をしている最中に羽羽が申し出てくれたが、あのとき、瑠花と話した内容を話して遠慮してもらった。

「では、せめて供として...」

それでも食い下がってくる羽羽に「それは珠翠にお願いするつもりです」と返した。

羽羽だって若くないのだから、あまり無茶はさせたくない。

の気遣いに羽羽は俯く。何も出来ない自分が口惜しかった。




当主として片付けなくてはならない問題もてんこ盛り。
それを含めて当主の椅子をもらったのでヒロインは文句がないんですけどね。


桜風
10.10.17


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