薄紅色の花咲く頃 107





九彩江の入り口ではその人を待った。

初めて会う。でも、噂は聞いたことがある。

遠くからやってくる派手な人。ああ、あの人か...

は納得した。胡蝶に会いにきたその人をは一度だけ見たことがある。

彼女はついと目を眇めた。

「ご足労頂きまして、感謝申し上げます。縹家当主、縹です」

が深く礼をした。

彼女も「碧家当主、碧歌梨ですわ」と返して、同じく礼をとる。

「このたびは、当家の失態によりこの九彩江の宝鏡に傷を許してしまい、その件でお詫びを申し上げ、同時にあとどれだけその鏡が持つかの鑑定をしていただきたく、お越しいただきました」

「ええ、わかっておりますわ。さあ、参りましょう」

「よろしければ道を繋げますが」

「そうしてください」

の申し出に彼女は頷く。

彼女には供が居なかった。は珠翠に下がるように命じる。

「ですが」と言い募る珠翠には重ねて下がるように命じた。

「よろしかったの?あの方は貴女を心配しているみたいですわよ?」

「貴女も、周囲が心配して供をつけるように進言したのではありませんか?それを断っておひとりでいらっしゃった。それなのに、こっちがビビッてどうします?」

の言葉に彼女は楽しそうに笑った。


が道を繋げたのは鏡が奉ってある祠の手前だった。中まで繋いでもいいのだが、徒に刺激を与えたくない。

そのの考えを察したのか、歌梨は特に何も言わずにの後を歩く。

「ここは?」

「鏡を奉っている祠です」

「では、なく。空気が違います」

「ちょっとした神域ですからね」

そんな会話をしながら宝鏡の前までやってきた。

がそれを手にして歌梨に見せる。

「触れる必要はありますか?」

が問うと彼女は勿論と頷いた。

仕方ない、とはその鏡に施していた結界を外した。

ピキリと音を立てて鏡のひびが広がる。それを目にして歌梨は片眉を上げ、手早く鑑定を済ませて「結界を」と促した。

「どうですか?」

「今、結界を外していただいたときに広がったひびが無ければ30年は持ったでしょうが...この結界の維持は?」

「縹家の約定に懸けて」

の答えに歌梨は頷く。

「この状態が維持されると言うのであれば、20年。最長、20年ですわね」

歌梨の言葉を聞いて、はその鏡を元あった場所に収めた。

「縹家が古よりの約定を守りきれず、この鏡に傷をつけることを何者かに許したことについて、物凄く腹立たしく思っています」

歌梨がふいにそういった。責められるだけのことをしているので、は弁解をしない。彩雲国の各地に納められている神器は縹家が守らなくてはならないものだ。それを怠ったから今回こんなことが起こった。

「ですが、わたくしでよかったと思っています」

が歌梨を見る。

「あのひびがなかったらわたくしは鏡を作らなくても良かった。でも、もしかしたら次代..わたくしの息子が当主を継いだときにもしかしたら鏡が割れていたかもしれない。わたくしでよかったのですよ。それに、あと20年。あと20年もあれば息子も大きくなってわたくしの孫の顔までは見られるかもしれない。充分幸せですわ」

縹家はその任を全うできなかった。鏡を守りきれなかった。

だが、次善の策をすぐに打っていた。ひびが広がらないようにこの祠の空気をより清浄にして、さらに強力な結界を張っていた。

それがなかったら、とっくにこの宝鏡の寿命は尽きていただろうし、自分はすぐにでも宝鏡の製作に取り掛かって、息子の成長を見守れずに命を落としていた。

歌梨はを見た。

彼女は胡蝶の妓楼で何回か見たことがある。見かけただけだ。そのときは『紅』姓だったと思う。それが今は縹家の当主で...

彼女はそれを選んだ結果、別のものを手放した。それを喜んで手放したとは思えない。

だが、彼女が当主にならなかったらおそらくこの鏡は割れていた。

歌梨の視線に気づいたは「何でしょう」と聞き返す。

「確認ですわ。この結界、あと20年持ちますわね?」

歌梨の眸がのそれを捉えて離さない。心の奥まで覗き込んで吟味されている、そんな気がする。

「持たせます。それが、下手を打ってしまった我が一族が碧家に対して出来る最大の謝罪です」

まっすぐも歌梨の眸を捉えてそう返した。

「分かりました。では、また20年後。そのときは、わたくしがそれを越える鏡を作って、それこそ、100年なんてぬるいものではなくて、1000年以上持つようなそれを作ってみせますわ」

その言葉には特に言葉を返さず、深く頭を垂れた。




鏡については一応話がつきました。
さて。そろそろクライマックスへ突進させていただきます!


桜風
10.10.24


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