薄紅色の花咲く頃 109





鳳珠はまたしても府庫を目指した。

先ほど絳攸から聞いた言葉を邵可に話してみると、何と彼の眼が開いた。

珍しいものを見たと思いながらも、「2、3日したら冷静になるとは思うのですが...」と言う。

「しかし、絳攸殿が...」

嬉しいような複雑な気持ちだ。

少し考えた後に「私からも少し話してみましょう」と邵可が請け負った。


「百合さん」

帰宅した絳攸に声を掛けられて振り返る。

此処最近の半分死んだような表情が消えている。百合は微笑んだ。

「なに?」

「万里大山脈に行こうと思っています」

その場の空気が固まった。

「縹家は、万里大山脈にあるんですよね」

確認されて、百合はギギッと固い動きで頷いた。

「待って、絳攸。あそこは、今まで誰も踏破したことがないのよ?たった一人を除いて」

「踏破しようと思っていくんじゃないんです。が、そこに居るんです」

まっすぐに目を見ていわれた。

「そう..かもしれないけど!だけど...!!」

パシンと扇が閉じる音がした。

「方向音痴のお前が到底辿り着くことなど出来ないだろう。その万里大山脈の麓に行くのに何年かかることか...」

黎深にいわれて絳攸は俯いた。

黎深がそういえばきっと諦めてくれると思って百合も「そうよ、絳攸。少し落ち着いて」と宥める。

しかし、顔を上げた絳攸の表情は黎深の言葉を受け入れた様子には見えない。

「それでも、行きます。どれだけ時間が掛かっても」

じっとその表情を見ていた黎深だったがはらりと扇子を広げて背を向ける。「好きにしろ」とひと言言ってその場を去った。


その日の晩に黎深のもとに客がある。

少し落ち込んでいた黎深だったがその客人が誰かと言うことが分かって大騒ぎを始めた。

「絳攸殿に話があってね」

そういった邵可の言葉に一気に不機嫌になる。が、邵可は少しだけ様子の違う弟に気が付いた。

「どうかしたのかい、黎深。ちょっと、落ち込んでるね」

「兄上!!」

自分の異変らしきものに気が付いてくれた兄に感動をした黎深に深い溜息をついて百合が先ほどのやり取りをかいつまんで話をした。

話を聞き終わった邵可は深い溜息を吐いた。これはもう、何を言っても無駄だと思った。

あの黎深の話を聞く気がないようだ。まあ、親離れをしたといえば良いのだろうが...

「百合姫」と邵可が名を呼ぶ。

「はい」

は縹家から出て来れないんだよね?」

そう言って、一応先日が『喰った』時の様子も伝える。

「短い時間ならおそらく大丈夫でしょうけど。あまりあの神域からは出ない方が良いと思います。あの異能、どれだけ使ったか私には分かりません。ですが、今の邵可様のお話を聞く限りおそらく想像を遥かに超えていると思います。神域を長い間出ていることは難しいでしょう。もう体が持たないのではないでしょうか」

百合の言葉に邵可は俯き、黎深も表情を曇らせる。

「私はね、絳攸殿のへの気持ちは嬉しいんだ。父親として。でも、は凄く困るだろうね...」

昔の紅だったら困ることはないだろう。たぶん...

だが、今は縹家の一族を背負っている。そして神域から出ることも儘ならない。既に、には正しく自由がないのだ。

珠翠が彼女を支えてくれると聞いたとき、感謝の気持ちでいっぱいになった。珠翠も大事な娘で、も勿論。珠翠ならきっとを支えてくれる。安心できた。

しかし、絳攸にどれだけの覚悟があるだろう。

あの万里大山脈に挑戦すること。それなりの覚悟を示しているとはいえる。だが、それは結局彼自身の勝手でもある。

何を言っても、たぶん絳攸は気持ちを変えないだろう。だが、それでも言っておきたい。

「絳攸殿と、少し話をさせてもらいないかな?」

邵可の言葉に百合は頷き、黎深も不承不承に頷いた。


「絳攸殿」

室の外から声を掛けられて絳攸は驚いて扉を開ける。

「邵可様!?」

「少し、時間をもらえるかな?」

絳攸は躊躇いがちに頷く。内容は、たぶん自分の思っているものだ。

邵可に椅子を勧めてその正面に自分も座った。

邵可の切り出した話に「やっぱり」と心の中で絳攸は呟いた。

「まあ、おそらく。此処で私が何を言っても絳攸殿はその意志を貫くつもりなのだろね」

「はい」

邵可の眸をまっすぐに捕らえて頷く。

「絳攸殿。絳攸殿は、私にとって大切な甥で、は大切な娘なんだよ」

何が言いたいのだろう...

は自分の歩む道を決めて縹家に向かった。絳攸殿。にあって、話をして、その後はどのようにするつもりなのかな?」

姿勢を正して邵可がそう問い、絳攸は居心地悪そうにした。

「まだ、考えていません」

「貴方の存在がの邪魔になる可能性もある。寧ろ、その可能性が高い」

暫く俯いて沈黙していた絳攸は顔を上げて邵可を見た。

「それでも、俺はに会いに行きます。これが最後になるかもしれないけど、そうなったらなったで、それで良いんです」

何という自己中心的な行動。だが、これが『紅家』だ。

邵可は溜息を吐いて苦笑した。

「万里大山脈の麓までは行けるように手筈を整えよう。その先は、絳攸殿が自分の意思で足を進めなさい」

邵可の言葉に絳攸は目を丸くした。つまりは、手を貸してくれると言うこと..だよな?

「ただし、半端なことをして色んなものを投げ出して、を言い訳にしないこと。まあ、絳攸殿なら、その心配はないだろうけどね」

そう言って邵可は立ち上がった。

「ではね。夜分遅くにすまなかったね」

そう言って邵可が絳攸の室を後にする。

絳攸は深く頭を下げて見送った。


「絳攸のやつぅ〜!兄上に反抗をするとは良い度胸だ!!」

盗み聞きをしていた黎深が憤慨していた。

「でもね、黎深。あそこで引き下がられてたらそれはそれで私も複雑だったよ。その程度だったのか、とね」

苦笑して弟を宥める。

「さっきの話、聞いていたね。絳攸殿の、手伝えるところは手伝ってあげなさい」

邵可にそういわれて黎深は俯く。

「わかるよ。子供が親離れをすると言うのは、どうにも寂しいものがあるよね」

自分の場合、2人一度に、と言った感じだった。と珠翠。

黎深が送るといったが、邵可はそれを断って徒歩で帰ることにした。

空を見上げると満月だ。

「ああ、元気にしているのか...」

月下彩雲。その望月はもうのものだ。

昔は望月を見ると少し忌々しさがこみ上げてきたが、今では愛しさ、懐かしさに変わった。時は間違いなく流れているのだ。




絳攸、人生初(?)の反抗期。
あれ?ヒロイン全然出てこない。
黎深は絳攸の事が多少心配だが、兄上に反抗するなんて許せません。
...大人になって!!


桜風
10.11.7


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