薄紅色の花咲く頃 113





「では、俺は帰る。すまないな、忙しいのに」

本当に告白するのが目的だったようだ。自分でも驚いているが、こんなにスッキリと晴れやかな気分になったのはいつぶりだろうか...


「では、道を開きましょう。麓に誰かを待たせていることはないのでしょう?」

が言うと「ああ」と絳攸が頷いた。

道を開く部屋に向かう。

「なあ、

「何ですか?」

は、この縹家の神域から出ることは叶わないのだろう?」

「ええ、まあ。本当に短い時間なら何とかなると思いますけど...」

そう言って絳攸を見上げた。

「貴陽は...?」

「何とか大丈夫だと思います。あそこは結構強い力が作用していますから」

何を言いたいのだろうか...?

不思議そうに自分を見上げるに絳攸は「年に一度だけ」と言う。

「はい?」

「年に一度だけ、貴陽で皆に会うことは出来ないのか?」

「...私はあの居心地の良い場所を捨ててきましたから」

「皆は捨てられてたとは思っていないぞ。はやらなくてはならないことがあって、そっちを選んだ。ただ、それだけだ。秀麗だって、やりたいこと、官吏になることを選んで官吏になって今は朝廷内を駆けずり回っている。それと何ら変わらないだろう」

捨てないと困ったのは自分だけ。確かにその通りだろう。だが...

「桜の..薄紅色の花の咲く頃。皆で茶会をしないか。俺達、皆が出会ったのもその時期だ」

確かに、霄太師の口車に乗って朝廷に乗り込んだのは丁度桜の花が咲いている時期だった。

の体が難しいなら仕方ないが、どうだろう。邵可様や黎深様、百合さんも喜ぶ。勿論、秀麗や静蘭。主上や楸瑛。と関わった者、皆がお前に会いたいと言っている」

が俯く。とても揺さぶられる言葉の数々だ。

「好きにしたら良いではないか」

「わあ!?」

突然降って湧いた第三者に絳攸が声を上げた。

降って湧いた第三者こと、瑠花が冷たい視線で絳攸を見上げてを見た。

「年に一度くらい好きにしたら良い。そなたはそれなりに皆の信頼を得ておるし、白い子供達も随分と変わった。少しの時間本家を空けることくらいできよう。少なくとも妾が生きておる間は数刻くらいなら支えられるわ」

最近少しずつだが回復してきている。この縹家の環境がよくなったからだろう。以前、は5年くらいでぽっくり逝くだろうといっていたが、もうちょっと長生きしそうだ。

その状況を作ったのはこので。だったら、少しくらい自由を手にしても良いだろう。年に一度、数刻だけ。

「またその時期が近付いたら連絡をしよう。の体調のこともあるだろうしな。リオウに頼んでも良いか?」

「あ、それは..はい」とが躊躇いがちに頷いた。


道を繋ぐ部屋でが道を開く。仙洞省には既に連絡を入れているので、絳攸が突然やってきても驚かれない。と、思う。

「じゃあ、。また。...薄紅色の花咲く頃に」

そう言って絳攸は帰って行った。

「あ、あの...」

何故か此処までついてきた瑠花にが声をかけた。

「無理やり連れ去ろうとしたらそのまま殺すところだったが...」

絳攸が消えた場所を見つめたまま瑠花が呟く。

「さっきも言った通りじゃ。神域を離れても戻ってきたときに縹家を支えられる程度の消耗で済むのなら好きにしてよいではないか。そなたの優先事項は、縹家を支えて守ることじゃ」

そう言った瑠花はその室から出て行った。


「いいのですか」

昔だったら珍しいとかそう言うのを飛び越えて感動するところだろう。ふらりと廊下に出ていた璃桜から声を掛けられた。

「まだまだ小娘じゃ。少しくらいの息抜きが無いと逃げ出しかねんじゃろう」

クツクツと笑って瑠花が言う。

璃桜は口元を綻ばせて「思ってもないことを...」と返してそのまま自分の室に向かった。





「まだかしら...」

そわそわする秀麗に「まだ刻限にはなっていないよ」と邵可が優しく声を掛ける。

紅家の庭院に卓を出してその上に茶器を用意している。

庭院の劉輝から贈られた桜はささやかに数輪咲いているだけだ。まだまだ蕾は少ない。それでも今年も花が咲いたことに秀麗は笑みを零した。

サァと風が吹いた。思わず皆が目を瞑る。

そんな中、ひとり目を瞑らずに桜を見ていた絳攸が微笑んだ。

「久しぶりだな」

桜の木の傍にはいつの間にか人が立っていた。

「姉様...!」

秀麗が駆け寄り、その勢いのままその人物、に抱きつく。

たたらを踏みつつ秀麗を受け止めたは少し気恥ずかしそうに、気まずそうに笑って「久しぶり」と声をかけた。

そして、の手には包みがある。

「何、これ?」

「お?おっきい姫さんの饅頭。久しぶり!!」

「どういう嗅覚をしているんだ、お前は」

包みの中身を嗅覚のみで言い当てた燕青に静蘭は溜息混じりにそういった。

「久しぶりに作ったから腕は落ちてると思うんだけど...」

そう言いながら秀麗にそれを渡して邵可に向かって足を向ける。

「お久しぶりです、父様」

「うん、体の方はどうだい?」

「縹家に居る限りは大丈夫ですよ」

そう言って首を巡らせる。

自分が捨てたはずのものが全てそこにある。皆、微笑んでとの再会を喜んでいる。

パチンと扇が畳まれる音がした。

振り返ると黎深だ。

、久しぶりだね」

「お久しぶりです、黎深様」

「おや?私のことは叔父と呼んでくれたのではなかったかなぁ?」

わざとらしくそう言う。

ええ?!と思って百合を振り返った。

「え?伝えてって言われたわよね?」

「伝えられたら困るので、心の中でお伝えくださいって言いませんでしたか?!」

「そうだっけ?うっかりうっかり」

ぽんぽんと軽く自分の頭を叩く百合には表情を歪める。この人、態とだ!!

「さ、私のことを叔父さんと呼んでご覧?さんはい!」

「お、お..じ...さ........ん」

物凄く抵抗がある中、何とかその単語を口にした。黎深は随分と上機嫌に扇をはらりと開いて軽い足取りでから離れた。

全く変わらないその風景。とても大切で、守りたかったその場所。

「体が辛かったらすぐに帰れよ。招待しておいて何だが...」

不意に声を掛けられて見上げると絳攸だ。

「ええ、そのつもりです。でも、ありがとうございます」

が微笑んだ。

「大切なものは大切のままで良いんじゃないのか?そう言うのは増えていくもんだろう」

絳攸の言葉には頷いた。

いつまでこちらに来られるかは分からない。だが、こうしてこの風景はの心に刻まれて思い出として残る。

「絳攸様、ありがとうございます」

「ん?」

「あの時、絳攸様が縹家にいらしてくださらなければ、もうこの光景を見ることは出来ませんでした」

「来年も再来年も、その先もこうして一緒に過ごせたら良いな」

「ええ」とが見上げると絳攸が優しく微笑んでいた。その笑顔にの表情も自然と柔らかいものとなった。




お陰さまで完結しました。
絳攸連載として始めた連載ですが、途中からちょっと『?』が浮かぶ展開となり、
わたしの中でかなり紆余曲折を経ての最終話。
お付き合いくださった皆様、ありがとうございました。


桜風
10.12.5


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