うましかて
カルデアの中では自由に過ごしていい。
召喚に応じてマスターと対面した際にそう言われて驚いた。
しかし、すでにマスターの召喚に応じてこのカルデアに来ている先人を見ると、皆自由に過ごしている。
なるほど、それではと思って自由に過ごしてはいるものの、何もしないというのが苦手で、しかも趣味という趣味がない。
そのため、頻繁にカルデア内を散歩しているというのが最近のここでの過ごし方になる。
その日も昼過ぎに散歩をしているとマスターの姿が見えた。
周囲を見渡しても大抵共にいるマシュの姿がなく、そのためふらふらと彼女の元に足を向けた。
「マスター」
声を掛けると足を止めて彼女が振り返る。
「ベディ? どうしたの?」
彼は『ベディヴィエール』という名ではあるが、どうも彼女に馴染みのない名であり、少し長いらしい。何度か舌を噛んでいるマスターを見かねて彼自身が「ベディとお呼びください」と提案した。
彼女はその言葉に甘えることとし、今では『ベディ』と呼んでいる。
「おひとりですか?」
彼女に問う。
「うん。マシュはダ・ヴィンチちゃんに呼ばれたから」と彼の疑問を解消する言葉を口にした。
なるほど。
「では、ご一緒してもよろしいでしょうか。どちらに行かれるのでしょう」
ベディヴィエールが供を買って出たことに対して彼女は拒絶の姿勢を示すことなく頷き、「食堂だよ」と返す。
「食堂? 少し遅い昼食ですね」
「お昼時は食堂も混むから、午後の予定が詰まっていないときは少し時間をずらしているんだ」
食堂に向かって歩きながら彼女は応えた。
食堂に入ると、人の姿はまばらだった。
食事を摂っている何人かは、食いっぱぐれないように、慌てて食べに来たという感じで、食事をしているというよりも掻きこんでいる又は流し込んでいるといった感じだ。
メニュー表があるが殆どのものに『終了しました』と紙が貼りつけてある。
遅く来ると人が少ない代わりに選択の余地がほとんど残っていないらしい。
「適当に座ってて。私、注文して来るから」
彼女はカウンターに向かって行った。
マスターから座るように指示を受けたのにそれを無視して付いていくのもと思い、適当な席に座る。
しかし、英霊となる前の生前の性か。マスター本人に食事を運ばせてしまうのは凄く居心地が悪い。次があれば自分がトレイを運ぼうなどと決意していると「お待たせ」とマスターが隣に座る。
「さっき、職員さんに聞いてみんだけど、余裕があるらしいからベディも食べたかったら注文しても大丈夫だって。サーヴァントの中には、積極的に食事を摂ってる人もいるみたいだし」
「いいえ、私は……」
断るベディヴィエールに「そう? 遠慮しなくていいんだよ?」と小首を傾げた彼女はそれ以上強く言うことなく、自分の食事に手を付けた。
噛みしめる様に咀嚼する彼女の表情は綻んでいる。
「美味しそうですね」
彼女は驚いたように眉をあげ、嚥下し「同じものを貰って来ようか?」と問うた。
「いえ。マスターがあまりにも美味しそうに召し上がっておられますので、つい……」
慌てて弁明するベディヴィエールに「実際、ここの食事は美味しんだよ」とどこか誇らしげに彼女が返す。
「それなら、俺にも一口くれ」
彼女が振り返るとアンデルセンがいた。眼の下に濃い隈を作っている。また数日徹夜でもしたのかもしれない。彼はこのカルデアのために新作を執筆していると聞いている。
彼は彼女の許可を得ることなく隣に座ってトレイの中を覗き込む。
「ふむ。その全体的に茶色いのは何だ」
「茶色? 根菜の煮物……て言えばいいのかな?」
「コンサイノニモノ? よし、それをくれ」
彼は催促するように目を瞑って口をあけた。
「じゃあ、大根」と食材の名を口にして彼女は箸でつまみ、アンデルセンの口元に持っていくと「あーん」といって彼の口の中に大根を運んだ。
「ふむ……」
「どう?」
「味が良くしみているな。少し甘く感じるが、こういう味付けはオーソドックスなものなのか?」
「良くある平均的な味付けだと思うよ」
「なるほど。次は、コンサイノニモノの中にあるそのオレンジ色のもくれ」
と続けて催促した。
「人参だね」
彼女は先ほど同様に「あーん」と言いながら食材を口元に持っていくと、薄く片目をあけているアンデルセンが笑いを堪えるような表情を浮かべていた。
「なに?」
一応口の中に人参を運んだあと、彼女が問うと彼はくすくすと笑いながら「耳を貸せ」という。
言われるままにアンデルセンに耳を近づけると彼は意外なことを言う。
「本当?」
「試してみるがいい」
「じゃあ……」
試してみることにした。
「最後、里芋」
これは少し大きめだったため、一口大に箸で切ってアンデルセンの口元に里芋を運ぶ。
「あーん」と言って振り返ってみるとアンデルセンが言ったとおりだった。
「ベディ」
ぷっと噴出した彼女に目を丸くして「どうされましたか?」とベディヴィエールが問い返す。
「その前にサトイモとやらをくれ」
「ああ。はいはい」
話をする前にアンデルセンに里芋を食べさせると「中々美味かったぞ」と言って満足したように食堂を出て行った。
「……あの、マスター?」
なぜ彼女が自分を振り返って噴出したのかがわからない。
何か、自分が気付かないうちに粗相をしてしまったのだろうか。そんなことになると、我が王の恥となる。汚名は早急に雪がねばならない。
「さっき、アンデルセン君にお裾分けしているときに、ベディも一緒に口をあけていたんだよ」と指摘された。
最初は彼女の言葉の意味を理解できずにきょとんとしていたベディヴィエールだったが、徐々に赤面してきて、口元を掌で覆う。
「え、あ。いえ、その…………本当ですか?」
そんなことをしていた自覚はない。
だが、ほんのちょっと。少しだけ、アンデルセンを羨ましく思った。だから、嘘だとは言えない何かがある。
「うん」
そして、彼女が嘘を吐く理由がない。
恥ずかしい。非常に恥ずかしい。穴があったら入りたい。いや、今から穴を掘ってこようか。
「ベディ」
俯いて羞恥に耐えていると、彼女に呼ばれる。
「はい」
顔を上げると目の前に食物があった。
「これはポテサラね」
彼女が自分に向けている料理の名前らしい。
「はい、あーん」
笑顔で言われて拒むこともできず、ベディヴィエールは大人しく口をあける。
「美味しい?」
「はい」
俯いて応えるベディヴィエールの表情は、身長差のおかげで彼女からはよく見える。それに気づかないほど彼の中では何か別の感情が大きいのだろう。
お詫びの品としてデザートのプリンを確保しておきつつ、彼女は彼が気付くまでその表情を眺めていることにした。
桜風
17.4.15初出
(19.9.15再掲)