白鳥の見る夢








 石畳の並木道を軽やかに歩く。
 すれ違う人が思わず追ってくる視線を感じながら彼女は笑みを浮かべる。
 色とりどりの洋服。
 様々なデザインの靴やバッグ。
 キラキラと輝くネックレスに指輪。
 どれも鮮やかで美しくて。
 隣を歩く赤髪の男の腕にはブティックのロゴが入ったいくつものショップバッグ。
 ショーウィンドウの前で立ち止まると彼は苦笑する。「まだ買いますか」と。
「ええ、楽しいもの」
 にこりと微笑んで彼女はくるりとスカートを翻して歩き出す。


 暫く歩くと少し洒落たカフェがあった。
「ねえ、少し休憩をしましょう」
「助かります」
 彼は笑う。
 店内は落ち着いた雰囲気で、ウェイターが声を掛けてくる。
 彼女の後ろにいる男に苦笑を向けて個室を用意してくれた。荷物が置きやすいように。
 案内された部屋に入ると彼は荷物を置いて、彼女のために椅子を引く。
「どうぞ」とエスコートされて「ありがとう」とつんと澄まして礼を口にする。


 何を飲もうか。何を食べようか。ああ、全部美味しそう。
 メニューを眺めて目移りする。
「お決まりですか?」
 男が問う。
「待ちなさい」
 彼女は真剣な視線をメニュー表に向けたまま返した。
「私はセイロンとチョコレートシフォンケーキにしますよ」
 男が言う。
 チョコレートシフォンケーキは、今悩んでいたものだ。
「じゃあ、私はダージリンとアップルパイにするわ」
 チョコレートシフォンケーキは半分くらいもらってやる。
 そんなことを思いながらを決めた。
 男がウェイターを呼び、注文を済ませる。

 窓の外はキラキラと太陽の光が木漏れ日を作っている。
 なんて楽しい世界だろう。心地よくて、ずっとここにいたくなる。


 声を掛けてウェイターが入室してきた。
 目の前に置かれたダージリンはとても良い香りで、アップルパイも美味しそうだ。
 向かいに座る男のチョコレートシフォンケーキも添えてある生クリームも美味しそうで思わず笑みがこぼれる。
「食いしん坊さんですね」
「お黙りなさい」
 ぴしゃりと返したが、説得力がない。そのすぐ後に「召し上がりますか?」とシフォンケーキを勧められてあっさり手を出してしまったのだ。
 くすくすと笑う男に「あなたが食べられないっていうから仕方なく食べてあげてるんでしょ」と返すと「ええ、助かります」と男は返す。

 この男には勝てる気がしない。
 勝てる気はしないが、どこか心地よさも感じる。






 耳に届く柔らかな音色に身を任せる様に微睡んでいたが、少し不快感がある。
 具体的には左肩。ゆっくりと瞼を明けるとすぐそばに旋毛が見えた。
「はあ?!」
「お静かに」
 自分の肩に頭を預けるようにしている寝ているのは間違いなく自分のマスターだ。
 そして竪琴を引きながら注意をしてきたのは赤い髪の男。
「あなた、なんで居るの?」
「あなたが眉間に皺を寄せて眠っていたので、子守唄でもと思いまして」
 眉間に皺……いつもの事ではないか。
「じゃあ、これは?」
 マスターに視線を向ける。
「あなたが眠っているのを見つけて「風邪を引いちゃいけないから」と毛布を掛けてくださったんです」
 ハッとした。
 今の自分に毛布など。
 やはり、と心の中で落胆する。毛布が一部引き裂かれている。
 自分の体は鋭利な刃物のようなもの。下手に触れれば切れる。
「私もマスターに助言しましたが、「毛布は代わりがあるけど、メルトリリスには代わりがいないから」と仰ってましたよ」
「そもそもサーヴァントなんだから風邪なんてひかないでしょ」
「そうですね」
「……それは言わなかったの?」
「マスターの優しさを無碍にするのもと思いましたから」
 反論ができず、消化不良の気持ちは溜息に代えた。
「これ、どうするの」
「まあ、あなたが動けばお目覚めになると思いますが」
 くうくうとこちらも眠くなるような平和な寝息を聞いていると起こす気が失せた。
「もう一眠りされますか」
「そうね、それしかなさそう」
 溜息をついて目を瞑る。





 白鳥は再びゆりかごのような音色に身を預ける。
 ――夢の続きって見られるのかしら?
 少しだけ期待して微睡んでいった。







桜風
17.6.19初出
(19.9.15再掲)