手のひらを合わせて大きさ比べをしているベディぐだ♀
「ねー、明日の種火周回の相談なんだけど」
円卓の騎士が使用している大部屋に足を踏み入れて立香は声を掛けた。
「おや、マスター」
声を掛けてきたのはトリスタンで、部屋の真ん中ではガウェインとモードレッドが腕相撲をしている。
「どうしたの?」
「とてもくだらないことで意見が対立した兄妹喧嘩の平和的解決方法を採用した状態です」
「くだらないことって……原因は?」
「くだらないことは、往々にして後になってどうでもいい、又は思い出せないというものが多いと思います」
つまり、すでに彼は覚えていないようだ。
「マスター」
遅れて彼女に気づいたランスロットも声を掛けてくる。
「いかがされましたか?」
「明日の種火周回、円卓の誰かにお願いしようと思ったの。全体宝具の」
立香の言葉にランスロットは肩を落とす。
明日はランサーの種火を回収する。敵のクラスがランサーとなれば、セイバーを出撃させたいところだろう。だが、全体宝具という注文が付いているため、ランスロットは立候補できない。
審判をしているらしいベディヴィエールも立香の姿に気づいたらしく、目礼した。
「腕相撲でと言い出したのはベディヴィエール卿なんですよ」
「モードレッド卿が剣を抜きかけたので、「マスターにご迷惑をおかけするつもりですか」と叱りつけながら」
あとでお礼を言っておこうと思いながらも勝負の行方を見守る。
「どっちが強いの?」
「生前でしたら、ガウェイン卿かと思いますが、今は同格ですね」
「あの状態で十分経過しています」
「え」と絶句する立香に苦笑を漏らし、「もう少しかかるでしょうからお茶でも如何ですか?」と二人は彼女を椅子に案内した。
「くっそー!」と声を上げたのはモードレッドだった。
トリスタンに紅茶を淹れてもらい、クッキーも出してもらった。ひととおりゆっくりとそれらを味わった後に、冷蔵庫に入っていたプリンを出してもらって完食し終わっていた立香は「ねー、二人とも」とやっと声を掛ける。
「あ?」とモードレッドが応じ「これは……」とガウェインが席を立つ。
「マスター、いらしていたのなら声を掛けていただければ」
「騎士同士の真剣勝負に水を差すのもアレなんで」と笑いながら立香が返し、「じゃあ、ガウェインで」と続ける。
「私が何か?」
「明日の種火周回に出撃お願いね」
「畏まりました。このガウェイン、必ずやマスターのお役にたってみせましょう」
「よろしくー」
「んだよ、こいつよりもオレのが役に立つぞ。って、それオレのプリンだぞ!」
立香の目の前に置いてあった空のプリンの容器を目にしたモードレッドが声を上げた。
「え?」
「モードレッド卿、いつも言っているでしょう。冷蔵庫は共用です。ご自身の物があれば、きちんと名前を書いておくこと。それ以外は食べられても文句は言えませんよ」
名前を書くシステムはここでも採用されているのか、と実家を思い出しながら立香はひっそりと驚いた。
「それに、召し上がったのはマスターです。我々サーヴァントがすべてを捧げている相手が召し上がったのですから文句を言うのは筋違いというものです」
続けられた言葉が意外と重く「ベディヴィエール」と思わず止める。
「はい?」
「いや、勝手に食べたのは確かによくないから。モードレッド、今度お詫びの品を持ってくるから、今回は許して」
手を合わせて拝むように言うと「あー、いいよ」とバツが悪そうにモードレッドが言う。
「お前は何も知らずに勧められるままに食べただけだろう? 詫びを入れるならそのどっちかだ」
トリスタンとランスロットをしゃくりながらモードレッドが言うが「おや」と返したのはトリスタンだった。
「今しがたベディヴィエール卿が仰ったではありませんか。お名前を書かれていないあなたが悪い」
「んだと、トリ野郎。てめぇ!」
「モードレッド卿、マスターがお困りになります。もし、その続きをされるのでしたら、マスターがお帰りになられてからにされてはどうですか?」
反論を許さない声音のベディヴィエールに言われたモードレッドは不承不承に口をつぐんだ。
「えー、と。うん。じゃあ、ガウェイン、明日よろしくね」
「はい」
何となく居た堪れない雰囲気になってしまい、立香は逃げるように円卓部屋を出た。
「マスター」
キャスタークラスのサーヴァントにも明日の出撃依頼を終えた立香が廊下を歩いているとベディヴィエールに声を掛けられて足を止める。
「もうご用事は済みましたか?」
「うん、明日の編成なら出来たよ」
「そう、ですか……」
「どうしたの?」
「どうして、明日の出撃をガウェイン卿に?」
「ああ、腕相撲で勝ったのがガウェインだったから」
「では、私がガウェイン卿に腕相撲で勝てば私の出撃を許していただけますか?」
まさかそんなことを言われるとは思ってなかった立香はきょとんと彼を見上げた。
「あ、いえ。お忘れください」
「うん……えとね」と立香はどうしてガウェイン又はモードレッドに出撃要請をしようと思ったのか理由を説明した。
「全体宝具……それなら、確かに、私では役不足ですね」
しょんぼりしなが言うベディヴィエールに「単体宝具は強いから頼りになるんだけど、種火は数こなしたいからね」と立香がフォローする。
「ええ、マスターに気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
「ううん、それより腕相撲で決めるって言ったら、ベディヴィエールは勝つ自信があったの?」
立香に問われて彼はにこりと微笑む。
「ええ、もちろんです。何せ、私は王を除けばもっとも筋力がありますからね」
「え、そうだっけ」
細かなステータスまで覚えていない立香が問い返すと「ええ」と彼はどこか自信ありげに頷く。
慌てて手に持っているモバイルでステータスを確認すると確かにベディヴィエールは、あの部屋にいるセイバークラスのサーヴァントでは最も筋力があるという評価になっている。
「ね?」
「そっか。ベディヴィエールって、女、……優しい顔立ちと言葉遣いだからうっかりしてた」
「まあ、少々女顔なのは自覚していますけどね」
少し投げやりに言うベディヴィエールが左手を軽く掲げて「御手を」と促す。
彼の手に立香が右手を合わせてみると随分と大きさが違う。
「こうしてレディの手に比べれば、私の方が大きいでしょう?」
「ほんとだ。ベディヴィエール、手が大きいね」
「ええ、それに」
とん、と立香は背中に軽い衝動を感じた時には、ベディヴィエールの顔が目の前にあった。
「あなたをこうして閉じ込めることも簡単にできるんですよ」
ベディヴィエールの左手は立香と手を重ねたまま軽く壁に押しつけ、右手は彼女の顔のすぐそばで壁に着けている。
「ね?」
にこりと微笑んだベディヴィエールの笑顔はいつもと変わらないが、いつもと違って見えた。
「せんぱーい」
廊下の向こうから声が聞こえた。
「おや、残念」
小さく呟いたベディヴィエールは立香から離れて一礼する。
「それでは、マスター。また」
挨拶を口にして去っていくベディヴィエールの後ろ姿を見送った立香は胸に手を当てる。
この五月蝿いほどの心臓の鼓動はどうやったら治まるだろうか。
「先輩? どうしましたか? 風邪ですか? 顔が真っ赤ですよ?」
マシュの頭の上にはいくつものハテナマークが浮かぶ。
「う、うん……びっくりした」
立香の返事に首を傾げたマシュは気を取り直して彼女を探していた理由を告げ、共に管制室に向かったのだった。
桜風
18.2.11初出
(19.9.15再掲)