騎士の約束
廊下から背伸びをして部屋の中を覗き込んでいる少女の姿が見えたモードレッドはそちらに足を向けた。
「よう、マスター。誰か探してんのか?」
「うん、探してたけど見つかった」
にこっと笑う彼女に面食らう。
「オレか?」
「そう。モーさん」
「どうした、何か手伝いがいるのか?」
「ちょっとお話がしたいの」
手に持ったワインの瓶をそのままにクリスマスパーティをしている部屋を後にした。
彼女と共に廊下を歩き、とある窓辺で足を止める。
この建物は大きく、それに伴ってか窓も大きい。
窓辺に腰かけてマスターは外を眺めた。
相変わらずの吹雪で、景色が全く見えない。
「モーさん、それってそのままラッパ飲みしてたの?」
「おー。一々グラスに注ぐの面倒くさいだろう?」
「騎士様なのに」
「あいつみたいな小言はやめろよ」
「ベディヴィエール?」
不満そうに頷くモードレッドに彼女は笑う。
「んで? どうしたよ」
「んー、何となくモーさんに会いたくなって」
そう言って笑う少女の笑顔はどこか影がある。
「オレたちが残ってたらマスターに迷惑がかかる」
「うん、わかってる」
「じゃあ、そんな顔するなよ」
「でも、ほら。やっぱ寂しいじゃない?」
モードレッドは俯いたマスターの頭を「そうだな」と撫でた。
「モーさんはさ、殆ど最初からカルデアに来てくれてたじゃん?」
「そうだな。召喚に応じてみたらどこもかしこも絶望しか転がってなくて。そこに無謀に立ち向かおうとしてる人間たちと何人かのサーヴァントが居て。オレが来たとき、戦力になるって言ったらマリーくらいだっただろう?」
「えー、皆力を貸してくれてたよ」
不満そうに反論するマスターにモードレッドは「そりゃそうかもしんねぇけど」と全肯定はできない様子を見せた。
何せ、召喚に応じてカルデアに来たときには「今はね、マリーが一番強いんだよ」と言われ、どんな戦士かと思えばマリー・アントワネットだったのだ。
フランスの王妃だ。本人に会ってみても歴戦の勇者という様子はなく、おっとりとした王妃だった。
大丈夫か人類と思った。声にも出した。
心外だとむくれた人類最後のマスターは成し遂げた。そう。この戦力で少女は世界を救ったのだ。たくさんの幸運とたくさんの出会いと別れ。それらすべて無駄にすることなく彼女は未来を掴んだ。
その後も色々とあって結局今日までカルデアの整理はついていなかった。
思いのほか長く彼女と共に過ごしたのだと思い出に耽る。
「ねえ、モーさん」
「ん?」
「モーさんはわたしの騎士だから」
ふいに言われた言葉に心臓がきゅっと握られたような感覚を覚える。
「突然だな」
苦笑を零しながら返した言葉は少し震えており、動揺を隠しきれない。
「モーさん自己評価が低いから」
「んなことねぇよ」
「あるよ」
マスターが笑う。
「何が騎士として三流よ」
確かに彼女に告げた言葉だ。騎士として三流だがそれでもいいかと問うた。
その時の彼女の返事は抱擁だった。ぎゅっと抱きしめて「ありがとう」と言われた。
忘れない。とても満たされた。
「ねえ、モーさん知ってる?」
「何を」
「騎士は困っているレディを放っておけないんですって」
「どこのポテト野郎の言葉だ」
「残念。湖の騎士様の言葉」
「相変わらずだなぁ。マシュに言いつけんぞ」
「もう手遅れ。それをわたしに話していた彼の背後にマシュが居た」
「地獄だな」
モードレッドは笑う。
「その後のあたふたっぷりは今までのあたふたの一、二を争うレベルだったよ」
その光景が目に浮かぶ。
モードレッドは声をあげて笑った。
ここにやってきてたくさんの思い出ができた。だが、霊基に還ってしまえば、もし仮に次に彼女の召喚に応じたとしても覚えてはいないだろう。
稀に召喚に応じた時の記憶を所有したまま別の召喚に応じるサーヴァントがいるらしいが、それは本当に稀で普通は覚えていない。
「モーさんは困っているレディこと、わたしのところにいちばんに来てくれたから、わたしの騎士様」
「他にも騎士がいただろう。あいつらの立つ瀬がないじゃないな」
「……円卓部門で」
「狭いなぁ!」
ひとしきり笑ったモードレッドはワインの瓶を置いて片膝をついた。
不思議そうに見下ろすマスターの手を取り、その甲に額を当てた。
「マスター。あなたに仕えることができてオレは幸福だった。感謝してもしきれない。だから、次にまた何かあったらちゃんとオレを喚んでくれ。あなたの騎士として再び馳せ参じることを誓う」
「酔っちゃった?」
「茶化すな」
「……たぶんさ、今コールドスリープ中のマスターの資格を持っている人たちは解凍されて、何かあったときその人たちがマスターとして戦っていくんだと思う。だから、わたしはお役御免になってるはずなんだけど。でも、もし。本当にまた何かあって助けてほしいと思った時は、またモーさんに助けてもらいたい。その時は「助けて」って喚ぶから、騎士の本分としてレディを助けに来てね」
「ああ、約束する」
館内放送が流れた。時刻を知らせるものだ。
2017年12月26日午前0時をもってカルデアが凍結される。そのため、必要なデータなどは引き上げておかなくてはならない。最終通告のようなものだ。
「んじゃ、オレは行くぜ」
「うん。ありがとう、モーさん」
「おう。こっちこそ、楽しかったぜ」
振り返ることなく手を振ったモードレッドの背を見えなくなるまで見送った。
桜風
18.3.4初出
(19.9.15再掲)