| 花梨がそれを知ったのは本当に偶然だった。 「ど、どうしたの。花梨」 勢いあまって突然立ち上がった花梨に千歳は驚いた表情で問うた。 「千歳、ありがとう!」 そういって花梨は九条にある平邸を後にした。 ああ、あと半時もすれば浮き浮きしながら花梨がいるであろうこの屋敷に帰ってくるだろうに... 帰ってきて花梨の姿がなければがっかりするに違いない。 あからさまにそれを表情に浮かべないだろうが、がっかりした雰囲気はきっと漏れてくる。 千歳の予想通り、帰宅した屋敷にはすでに花梨の姿がないとしった勝真は少しがっかりしたように肩を落とした。 「神子様」 「もう神子じゃないよ、紫姫」 昔のクセで紫姫は今でも時々花梨のことをそう呼ぶ。 「申し訳ありません、花梨様。あの、それで...庖厨で何を?」 「お菓子を作ってるの。こっちで作れるものって少ないけど」 そういった花梨の瞳は輝いていた。 きっと勝真がらみなのだろう、と紫姫は思い、微笑ましく思う。 自分よりも年上の彼女を『かわいらしい』と思うのは失礼かもしれない。この自分の望みを叶えてくれた龍神の神子。 異世界から龍神の神子として白龍に召喚された彼女は京を救った後、龍神の神子を守る八葉の一人であった地の青龍であった平勝真と想いを通わせ、この地に留まることを選んだ。 異世界から召喚された彼女には、この京に家がない。そのため、紫姫が住んでいるこの四条の屋敷を以前と変わらず居としている。 女房が紫姫に声をかける。 「まあ!」と紫姫は少し驚いた声を漏らして「花梨様」と声をかけてきた。 「何?よし!できた!!」 どうやら菓子のほうもちょうど出来上がったらしい。 「平勝真様がお見えになったそうですよ」 「え!もう!?」 花梨は慌てる。 もうちょっと身だしなみを整えてから会いたい。 だが、待たせるのも悪いし、とどうしたらいいのかわからずオロオロとし始めた。 「神子様、勝真様にはわたくしから少しお待ちいただくようにお話しておきますので、ごゆっくりしてからいらしてください」 そう言って紫姫はその場から離れる。 「ありがとう、紫姫!」 花梨はそう言って身だしなみを整えるために自室として宛がわれている部屋へと向かった。 場を持たせるために紫姫が勝真と話しをしていたら聞きなれた足音が聞こえて紫姫は立ち上がる。 勝真もその足音は聞き覚えがある。むしろ、心待ちにしていた足音だ。 「では、勝真様。わたくしは失礼しますね」 紫姫はそう言って勝真の前を辞した。 入れ換わりに入ってきた彼女を見て勝真の表情の自然と和らぐ。 「花梨」 「勝真さん!」 「文をありがとう。それで、どうした?」 本日は花梨が勝真を呼んだ。 特別こういったことは珍しくないが、それでも数日前に日付と刻限を指定しての文はなかなか珍しい。 と、言っても。勝真は待ちきれなくて刻限前に来てしまったのだが、それについては勘弁してほしい。 先日がんばって仕事を終えて帰ったら、いると思っていた最愛の花梨がいなくて落胆した。そんなことがあったから余計に急いてしまったのだ。 「勝真さん。この間、千歳から聞いたんです」 「千歳から...?何をだ?」 眉間に皺を寄せて勝真は聞き返す。 「勝真さんのお誕生日の話です」 「たんじょう、び?何だ、それは?」 「勝真さんが生まれた日ってことです」 以前花梨が誕生日の話をしたため、千歳が調べてくれたのだ。嫡子だから一応そういう記録も残っていたためわかったという。 「それで..たん、じょうび?がどうかしたのか?」 「今日が勝真さんのお誕生日らしいです。私の居た世界ではお誕生日を祝うんです。その日に年を重ねるという考えなんですけどね。そして、誕生日をお祝いするときにはケーキを食べるんですけど...ちょっとこっちでは私じゃ作れなかったから、こっちで我慢してください」 そう言って差し出したのはなんだか柔らかい... 「茶碗蒸し、か?」 「似てますけど、違います。プリン、って言うんです」 「ぷりん?」 「いいから、食べてみてください」 「あ、ああ...」 茶碗蒸しなのに、名前が違うのかなと思いながらそれを掬って食べる。 「甘いな...」 「お菓子ですから。あ。勝真さん、甘いの苦手でしたか?」 「とりわけ好きというわけでもないが...これは美味しいぞ」 ふわりと微笑む勝真に花梨はほっと胸を撫で下ろす。 「そうか、『たんじょうび』というものを祝うのか」 独り言のように勝真は呟いた。 「なあ、花梨」 「何ですか、勝真さん」 「お前の『たんじょうび』はいつだ?俺もお前の『たんじょうび』を祝いたいと思っているんだが...」 花梨は目を丸くした。 「え、いいですよ。それに、こっちの暦とは少し違うのでよくわかりませんし」 花梨の言葉に勝真は少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。こういうことを話しているとやはり彼女から故郷を取り上げてしまったと少し申し訳ない気持ちが頭を掠める。 「勝真さん」 うつむいた勝真に向かって花梨が声をかける。 「あ、ああ...何だ?」 顔を上げて花梨を見ると彼女は眩しそうに目を細めている。 「勝真さん、生まれてきてくれてありがとうございます。私、勝真さんに会えて、こうして言葉が交わせて、あなたを好きと伝えることができて、とても幸せです」 勝真は目を丸くして表情を崩した。 「参ったな」と小さく呟く。 腕を伸ばして花梨を抱き寄せた。 「花梨。俺はお前を愛している家族や友人からお前を奪った。そして、お前からも家族や友人を奪った」 花梨は反射的に「そんなことない!」と返そうと顔を上げた。 「だが、その人たちの分も俺はお前を愛すよ。元の世界の家族や友人を奪ってしまった分、寂しい想いはさせない。 ―――愛してる」 そう言って唇を寄せた。 しばらく合わせていた唇が離れると花梨の顔は真っ赤になっていた。 「ふ、不意打ちは禁止って言ったじゃないですか!」 そんな抗議する姿もまたかわいい。 「ああ、悪いな。だが、花梨があんなかわいいことを言ったんだ。花梨にも責任がある」 いけしゃあしゃあという勝真に花梨は膨れる。 そんなところも可愛いんだ。 そういうともっと拗ねてしまいかねないので勝真は言葉を飲み込み、花梨の作ってくれた甘い茶碗蒸しである『ぷりん』を口に運ぶことにした。 |
| <あとがき> 私の人生を変えた勝真さんはいつまでも花梨ちゃんと幸せでいてもらいたいです。 ケーキってあの世界で作れるか微妙ですが、プリンは、100年後に譲が作ってたから作れるだろうな、と。 そんな感じです。 勝真さん、誕生日おめでとうございました! |