コホンコホンと咳が出た。

あ、まずいかも...

花梨はひとつの可能性が頭に浮かんだ。しかし、それを打ち消すように首を振る。

龍神の神子としてこの京に召喚され、毎日京の町を駆け回っている。

最近では怨霊を封印することが出来るようになった。

毎日毎日忙しく、殆ど休む間もない。でも、京の人たちのことを考えるとやはり泣き言なんていっていられない。


「神子様。本日は彰紋様と勝真様がお迎えにいらっしゃっておられます..神子様?」

来客を告げに来たこの館の姫、紫姫が首を傾げた。

「神子様、少し顔色が悪いようですわ」

「気のせいだよ、紫姫。じゃあ、行ってきます!」

元気よく挨拶をして花梨は逃げるように部屋を後にした。


「よお、花梨..ん?少し顔色が悪いな」

顔を合わせた途端、勝真に言われた。

「そうですね。僕もそう思います。花梨さん?」

鋭いな、と思いながら花梨は誤魔化して、今日は洛南に向かった。

怨霊を封印するのと他に情報収集。

時間はいくらあっても足りない。こんなところで休むことなんて出来ない。

ズンズンと先を歩く花梨の様子に勝真と彰紋は首を傾げた。

「ちょっと、見といたほうが良いかもな」

勝真が言うと「そうですね」と心配そうな視線を花梨の背中に向けて彰紋は頷く。

少し前までは、怨霊を倒すだけしか出来なかった。

倒す、と言ってもその場しのぎで数日後には怨霊が復活している。イタチゴッコ状態だった。

だが、花梨が『封印』することが出来るようになってからは、各地の怨霊を封印して回っている。封印することが、怨霊にとっても救いらしい。

今回も、以前倒した怨霊が復活したらしくその被害報告を耳にしたという彰紋に案内されてその現場に向かった。

何かの気配が近付いてくる。

花梨たちはもうその気配の主が何かということは分かる。それくらいは経験を積んでいる。

「来るぞ!」

勝真がそう声を掛けて注意を促し、弓を引いた。

怨霊を封印するためには少し弱らせなければならない。そのため、勝真と彰紋が怨霊を弱らせる役を買って出てくれた。

あ、まずい...

何とか気力でカバーしてきたつもりだが、そろそろ体力的に限界らしく、体が悲鳴を上げている。

「花梨、今だ」

勝真が促す。

「はい!」と返事をしたつもりだった。

「花梨?!」

「花梨さん!!」

すぐ傍に居るはずの2人の声が遠くに聞こえる。

ああ、封印をしなくては...

そう思いながらも体はいうことを聞いてくれない。せっかく、2人が頑張ってくれたのに...



「神子様...」

さめざめと泣きながら床についている自分の仕える人と仰いでいる花梨を覗き込んで紫姫は呟いた。

そんな様子を女房達は心配そうに見守り、花梨を連れて帰った勝真も困った様子で声を掛ける。

「だから、紫姫。泣くことはない。俺や彰紋だって気が付かなかったんだ。それに、紫姫はいつも花梨が過ごしやすいように気を配っている。突然こっちにきて色々と戸惑うことが多かっただろうが、紫姫が居たから花梨だってこうしてこっちの生活に慣れたんだ」

「それでも、わたくしは、神子様のお加減が悪いことに気が付かなくて...神子様」

花梨がもう死んでしまうのではないかと言うくらいの嘆きようだ。勝真はほとほと困って傍に控えている女房達に助けを求める視線を送った。

「紫姫様、お気に病まれませんよう...」

「いいえ!そういうわけには行きません。わたくしは、星の一族として神子様をお助けするのが使命です。それなのに...」

やはりさめざめと泣き始めるが「神子様のお体に触りますから」と促され、とりあえずその場は席を外した。


もぞり、と傍で寝ている花梨が動いた。

「目が覚めたか?」

優しい声音のするほうに花梨は視線を向けた。

思ったとおり、勝真だ。

「あ...ああーーー!!」

現実を思い出して花梨は勢いよく起き上がろうとして失敗した。体に力が入らない。

「あ、あの...」

「ここは四条の紫姫の館だ。安心してゆっくり眠れ」

「怨霊は...」

「ひとまず倒した。あのままってのはさすがにまずいからな。先ほどまで彰紋も一緒にいたんだが、使いの者が来て内裏に戻った。用事が終わったらまた様子を見に来るそうだ。

...悪かったな」

勝真がそう言って頭を下げる。

「え?!」と驚く花梨に勝真は複雑な笑みを浮かべた。

「お前に無理をさせていた。気づかなかったことも無いんだが、甘えていた。すまん」

謝られた花梨は慌てて手を振る。

「そんなことありません」

「事実、今日もお前の顔色が悪いのに気づいていたが、外出を止めなかった。これは、俺達の甘えだ。明日は休め。他の奴らにも俺が連絡しておく」

そう言って勝真は立ち上がろうとした。しかし、花梨が不安げに自分の狩衣を掴んでいるのを見て少し浮かせた腰をまた下ろす。

「どうした?」

「あの、えっと...」

花梨が視線を彷徨わせ始める。

少し考えて勝真は自信がない、と思いつつ花梨の手を握った。

「今は寝ろ。眠るまで、こうして手を繋いでおいてやるから」

病気のときは余計に心細くなる。何となくそれを思い出した。

紫姫に不安だとか言おうものなら彼女はとても心配して館の中がきっと大騒ぎだ。

それに、毎日懸命に支えてくれている幼い彼女をこれ以上頼れないという想いもあるのかもしれない。

花梨は自分の意図を汲んでくれた勝真にはにかんで微笑んで頷き、瞳を閉じた。

すやすやとすぐに寝息を立て始める花梨に勝真は苦笑する。

「おいおい、少しくらいは警戒してくれてもいいんじゃないのか?」

それでも、安心したように眠っている彼女を見るとこのまま、もう少しこのままの関係も悪くないという思いが胸をよぎった。









<あとがき>
誕生日と関係の無い話ではありますが、勝真さん、お誕生日おめでとうございます!
あなたにとってステキな1年になりますように...!!




10.4.18