試合開始!




年が明け、何度目かのバイトの日、が買出しから帰ってくるとスパーリングが行われていた。

リングの上で試合をしているのは宮田と青木だった。

の姿に気付いた木村は近づき話しながら彼女の頭に手を置く。もそんな木村に笑顔で応えている。

最近そんな2人の姿を目にすることが多くなった。

少なくとも宮田はそうだった。その度に宮田はイライラする。

今も偶然と木村が談笑している姿が目に入ってきた。

例によってイラついた宮田はスパーの相手の青木に当たる。

いつもなら多少なりとも加減をするカウンターを渾身の力を込めて打つ。

宮田の全力のカウンターを受けた青木は意識を失っている。

木村が慌ててリングに近づき、青木の顔を覗き込んで、

「おい、青木。あー、気絶してやがる。宮田、少しは加減しろよ、スパーなんだから。」

と言う。

まさか、「アンタ見てイラついたから八つ当たりしてしまいました」などと言えるはずもなく、

「すみません、気をつけます。」

と大人しく謝った。は心配そうに青木の様子を見ている。

それを見た宮田は、やっぱりやり過ぎたかな、と反省した。


ロードワークに出た宮田は考えながら走っていた。

どうも年末あたりから自分はおかしい。

気が付くとの姿を目で追っていたり、考えたりしていることが多い。

のことは嫌いではない。好きか嫌いかと聞かれればおそらく『好き』と答えるだろう。

それが恋愛感情によるものかと聞かれれば悩んでしまう。

は特別美人とか可愛いというタイプではない。

強情なところがあったり、独特の思考でこちらが混乱してしまうことはあるが、素直で努力家で芯の強い子だと思う。

たまに鷹村の冗談を本気に取ったりする事もあるが、大抵の冗談も通じる。

自分に厳しく、そして他人には感心するくらい気を遣う。

しかし、自分のに対する評価に恋愛要素は見当たらない。

考えても堂々巡りになりそうだったので考えるのを止めて練習に集中することにした。


数日後、宮田はバイト先の店長から映画の試写会のペアチケットを貰った。

どうしても外せない用事が入ったのだと言う。

宮田自身あまり映画に興味が無かったのでジムの誰かに譲ろうと考えた。

鷹村、青木も映画に興味があるように思えない。それなら木村だなと考えてジムへ行く。

ジムのドアを開けた途端に目に入ったのはに声を掛けている木村の姿だった。

木村にこのチケットを譲れば十中八九、いや、間違いなくを誘って行くだろう。

それは面白くない。それならいっそのこと捨ててしまおうかとも思ったが、思い留まり、自分がを誘ってみるのも悪くないと考えた。

着替え終わった宮田がロッカールームから出るとは事務室へ上がるためにジムから出てきた。

「こんにちは、宮田君。」

「ああ、丁度良かった。さん、今度の土曜の夜何か予定ある?映画の試写会のチケット貰ったんだけど一緒に行かないか?」

「うん、暇だけど。何て映画?」

宮田がタイトルを言うとは嬉しそうな声を出す。

「あぁ、あれか。私、気になってたんだよね。基本的に映画館に行ってまで見ないけど、コレは見に行きたいなって思ってたんだよ。ありがとう。」

待ち合わせの場所と時間を決めてそれぞれ練習と仕事に戻った。

内心、断られるかと思っていた宮田はが喜んで快諾したので、見た目はいつもと変わらないが上機嫌だった。


土曜日。宮田は約束の時間前に着いたが、既には来ていた。

さん、早かったな。」

「あ、宮田君。そう?私、人を待たせるのって好きじゃないからね。それじゃあ、行こ?」


映画は前評判どおりの物だった。上映時間が長かったにも拘らず退屈しなかった。

は上機嫌で映画館を出る。

帰るために地下鉄の駅に向かうが、どんどん人が増えてくる。

近くで行われていたコンサートも丁度終わったようだ。

は、背は平均より少し高いが、体重は標準に達していない。

何度も人の波に流されそうになったを見かねた宮田がその手を繋ぐ。

宮田はいつも見ているの手が思いの外小さいことに驚いた。

が驚いて自分を見上げてきたので、

「これならさんも流されずに済むだろ。」

と多少の照れ隠しも入った説明をすると、は笑顔で「ありがとう」と言った。

本当なら人の波が引くのを待って帰ったほうが楽なのだが、あまり遅くての家の人が心配するといけないのでそのまま地下鉄に乗った。

やはり車内も超満員で殆ど身動きが取れない。

幸いにもたちは奥へ入れたので宮田が自分の体を壁にしてが潰れるのを守ってやる。

宮田の頬にの髪が当たる。シャンプーの香りとは別の、何か甘い香りがする。

(さっきからどうも調子が狂う...)

宮田はそう思っていた。が女の子だということは分かっている。

しかし、それを意識していなかったことに気が付いた。

自分が握ったの手は小さく細かった。コートを着ていても肩が薄いのが分かる。

今更ながらが頼りなく見えてくる。

芯が強く泣き言を言わないから今まで何とも思わなかったが、こんな細い体であのジムの仕事をやっていたかと思うと男として庇護欲が出てくる。


人が減ってきたので宮田はから離れる。ふとが宮田を見上げた。

車内のエアコンが効いていて熱いのか、その頬は朱くなり、目も潤んでいる。

「宮田君、ありがとう。」

は笑顔で、さっきまで潰されないように守ってくれていた宮田にお礼を言う。

(やばい!)

を正視していた宮田は長年培ってきた精神力を総動員して努めて冷静を装い、「ああ」といつも通りの返事をした。

確かには、特別に美人でもなければ、目を惹くほど可愛いというわけでもない。

十人並みと言ってもいい容姿だ。

(でも、魅力のある人だ...)

宮田はそう思う。


を家まで送った後、宮田は独りで帰りながら思い出していた。

最近自分が抱いていた、あの得体の知れない感情の正体は『嫉妬』だった。

への想いを自覚する前に嫉妬をしていた自分に思わず苦笑が漏れる。


次の月曜日、いつものように木村とが話している姿を宮田は目にする。

ふと、木村と目が合った。木村は宮田に優越の笑みを向けた。

それを受けて宮田は不敵な笑みを浮かべて返す。

(なるほど。受けて立ちますよ、木村さん。)

どこかで試合開始のゴングが鳴った。



宮田も自覚〜。
やっとVSっぽくなってきましたよね?



桜風
04.10.2


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