勇気を ―前編―
| 宮田の新人王トーナメント準決勝が始まった。相手は間柴了。 フリッカージャブと言う殺傷能力の強いジャブを打つ選手だと聞いている。 しかし、宮田には、スピードとテクニックがある。フリッカーをかわしている宮田が有利と思われる試合だった。 もドキドキしながらもどこか安心して観戦していた。宮田が距離をつめて懐に入った時、間柴に足を踏まれてバランスを崩したところにラッシュが来る。 「宮田君!」 いつも静かに観戦しているは思わず叫んでいた。 結局第3ラウンド、間柴の右フックで宮田はキャンバスに沈んだ。 絶好のカウンターのタイミングだったが、既にパンチを打つ力が残っていなかった。 試合後、一歩は医務室に向かった。も誘われたが、断って独りで帰った。 悔しくて零れそうな涙を堪えながら。 翌日、昼休憩にが独りで校内を歩いていると、シュッシュッという音が聞こえてきた。 そちらに足を運ぶと、一歩がシャドーボクシングをしていた。 無我夢中で拳を繰り出し、の姿が目に入っていないようだった。は少しの間静かに見守っていたが違和感を感じて一歩に声を掛けた。 「幕之内君。何か、それ変。」 の声で我に返った一歩が聞き返す。 「さん。何か言いました?」 「うん、そのシャドー、何か変だよ?何だろ、ぎこちなく感じるな。」 「そうですか?そんなこと無いと思いますよ。宮田君の敵、僕が取らないといけないんですから。」 「あ、それでか。あのさ、決勝戦は誰かのために戦うんじゃなくて、自分のために戦った方がいいと思うな。 もちろん、今まで幕之内君と戦った人たちは幕之内君に期待してるだろうけど。でも、宮田君は『自分の敵くらい自分で取る』って言うと思うよ。 何かね、今の幕之内君は雑念だらけって気がする。」 「雑念って!じゃあ、さんは昨日の宮田君を見て何とも思わなかったんですか?!」 一歩は試合の時の鋭い視線でを睨む。はまっすぐそれを受けていたが、瞳を閉じて溜息をひとつ吐く。 「...まあ、会長が何とかするか。ところで、幕之内君は宮田君の入院している病院と部屋番号知ってる?時間が取れたら行こうと思ってるんだけど。」 一歩は睨んだまま、 「今日、聞いておきます。たぶん木村さんたちが行くと思いますよ。一緒に行ったらどうですか。」 「都合がつく日なら、一緒に行くよ。」 一週間後、は学校の課外授業をサボって独りで宮田の見舞いに行った。 木村たちが行くときにも同じ手を使えていたのだが、は初めから木村たちと行く気は無かった。 もし木村たちと行けば、宮田と会う事になるかもしれない。かける言葉が見つからないは宮田に会わずに帰ろうと思っていた。 花束と昨夜書いた手紙を看護婦に預け、帰るためにロビーを歩いていた。 「さん?」 名前を呼ばれ振り返ると、そこには宮田父がいた。 「こんにちは、お久し振りです。お元気でしたか?」 「本当、久し振りだなぁ。一郎の見舞いに来てくれたんですか?」 少し疲れた顔をした宮田父は微笑む。 「はい。でも宮田君には会いに行っていないんです。お花とかは看護婦さんに預かってもらいました。」 「そうですか。あの、一郎に会ってやってくれませんかね。」 宮田父に強く頼まれ、断りきれなかったは一緒に宮田の病室へ向かった。 「一郎、入るぞ。」 ノックの音がしても窓の外をぼんやり眺めたまま宮田は無反応だった。 「さんが来てくれたぞ。」 宮田は、勢いよく振り返った。 そこには所在なさそうに苦笑いを浮かべたの姿があった。 「父さん、ちょっと帰るからな。さん、ごゆっくり。」 そんなことを言う宮田父をは不安そうに見上げたが、宮田父は気付かないふりをして出て行った。 「さん。」 宮田がの名を呼ぶ。 は諦めて宮田のベッドの横に立ち、荷物を置いた。 「えっと、お花とか看護婦さんに預けちゃったから後で持ってきてくれると思うよ。でも、凄い量の花だね、この部屋。」 「さん、座ったら?...ごめん。折角応援してくれたのに、負けて。第2ラウンドのさんの声、聞こえたよ。 あいつにも偉そうなこと言ったのに。俺が言い出したことなのに。...クソッ!」 宮田はベッドを叩く。ベッドが大きく揺れ、軋む。 「あのさ、宮田君。―――本当、言葉って難しいなあ。 ...あのね、泣いてもいいと思うよ?と言うよりも、泣いた方がいいよ、きっと。私が居て嫌ならその間出て行くし。」 宮田は弾かれたように顔を上げ、を見た。涙が堰を切ったように流れ出す。 は出て行こうとしたが、宮田に手を握られた。はそれを握り返し、背中を優しく擦る。 10分位泣いていた宮田はだんだん落ち着いてきた。すると、今の自分の姿が恥ずかしくなってしまい、布団を被って隠れた。 はそんな宮田の姿を見て苦笑した。 『夕飯の用意が出来ました、取りに来てください。歩けない方は看護婦が持って行きますのでそれまでお待ちください。』 院内放送が流れた。 「宮田君、私取りに行こうか?」 「いや、いいよ。持ってきてくれるから。」 布団の中から籠った声がする。 はそんな宮田の姿を見ながら、可愛いな、とぼんやり思った。 |
宮田を泣かせてみましたけど、どうでしょう。
泣いた方が良い時ってあると思うんですよね。
桜風
05.1.8
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