旅立ち ―前編―
| 本命の大学の試験が終わった翌日は何をするでもなく、家で寛いでいた。今、家には大学生の姉も居る。大学生は、春休みだ。 午前中惰眠を貪ったは昼食を摂った後、自室から1本のビデオを持って降りる。 先日行われた全日本新人王決定戦を録画していたのである。 ビデオをデッキに入れて再生を押すとインターホンが鳴る。 「はい。」 インターホンで出てみると意外な人の声がした。 『宮田といいますが、さんはご在宅でしょうか。』 「うちは、『さん』しか居ないよ。ちょっと待ってて。」 そう言ってはくすくす笑いながらインターホンを切り、玄関に向かう。ドアを開けると、門の向こうにジャージ姿の宮田が居た。 「おお、もう足大丈夫なんだ?時間あるなら上がって?」 に促されて家の中に足を運ぶ。 案内されたリビングではテレビがついていた。 「さん、これ。」 「あ、再生したままだった。リアルタイムで見られなかったから録画してたんだよ。消そうか?」 「いや、いいよ。」 「適当に座って。なに飲みたい?緑茶、紅茶、コーヒーがあるけど。」 キッチンに入ったが声を掛ける。 「じゃあ、緑茶で。さん、一応止めとこうか?今見れないだろ。」 キッチンに入って作業をしていると集中してみることが出来ない。 「そうだね、お願い。宮田君はそれ見た?」 「まあ、ね。」 何もすることが無い宮田は、の姿を眺めていた。 が、緑茶を入れた湯呑を、盆に3つ置いて宮田の傍に来る。 (3つ?) 「先飲んでて、姉ちゃんにこれ持って行くから。」 はそう言って湯呑を1つ置いた盆を持って2階に上がって行った。 宮田は深く息を吐きソファに体を委ねて目を瞑る。どうやら自分は緊張をしていたらしい。 (おいおい、ガラじゃないだろ。) そんな自分に思わず苦笑を漏らす。 がリビングに降りてきたら、ソファに体を沈め、目を瞑っている宮田の姿が目に入る。 「宮田君?寝ちゃってる。眠ると更に美人さんだねぇ。」 そう言っては再び2階に上がり、毛布とヘッドホンを取ってきた。 毛布を宮田にかけてやり、ヘッドホンをつけてビデオを再生する。 第3ラウンドのインターバル中に千堂が気を失って、一歩の勝利が決まった。 迫力のある試合で、呼吸を忘れていたが深呼吸をする。 「大きな差がついたよな。」 ヘッドホン越しに宮田の声が聞こえ、は驚いて振り向く。 「宮田君、お願いだから気配殺して動かないで。寿命が縮む。」 「ああ、クセだから。―――俺さ、海外に行くんだ。東洋太平洋圏を回って力をつけてくる。」 「武者修行ってやつだね、滝に打たれたり熊を倒したりする。...東洋太平洋圏ってどこ?」 「熊...いや、ボクシングしに行くんだから。まずは、タイ。その後はよく分からないけど、韓国とか行くと思うな。卒業したらすぐ行く。」 「そうか、じゃあすぐだね。...宮田君、明日暇?」 「ああ、夕方からジムに行くけど、どうかした?」 「じゃあ、明日買い物に行こう!宮田君の餞別。何が良い?考えててね。あ、餞別といいながら宮田君に拒否権は無いから。」 「―――OK.さん。お言葉に甘えるよ。」 待ち合わせの場所と時間を決めて、宮田はの家を後にした。 翌日、宮田は30分前に待ち合わせ場所に着いた。 (やっぱり、早すぎたよな。でも、家にいると父さんの詮索が煩かったし。) 一方、は宮田の20分後、つまり約束の10分前にそこへ着いた。 (うーわー。何か、派手なお姉さん方に囲まれているよ、宮田君。) このグループが自分に声を掛けてくる数組目で、宮田がうんざりして視線を外すと、出るに出られなくなっているの姿が目に入る。 宮田はに片手を挙げて、 「!」 と名前を呼びながら駆け寄ってくる。 (?!別に私は遅れたわけじゃないから悪くない筈だけど、まあ、合わせた方が良いんだろうな...。 どっちで呼べばいいんだろう。『宮田君』?やっぱり『一郎』かな。) 「一郎。」 さすがに鴨川ジムでバイトをしていただけあって悪ノリには慣れている。宮田の腕に自分の腕を絡ませ、少し体重を掛けながらその場を去った。 少し歩いては腕を解く。 宮田はこのままでも良いのに、と思ったが気を取り直してに礼を言う。 「ありがとう、さん。もう、いい加減辟易していたんだ。」 「ビックリしたよ、突然『』だなんて。美人さんは大変だね。でも、結構早く来たんだね。」 「まあ、ね。家にいても父さんが煩いから。それで、これからどうする?」 「うーん、宮田君の餞別を買いに来たんだから宮田君の欲しい物が何かによって違うけど...。何が欲しい?」 「昨日も言われたから一応は考えてみたんだけど、思い浮かばなっかた。俺、結構物欲無いから。」 「そうか。ボクシングしに行くんだから、それ関係の物が良いだろうね。じゃあ、とりあえずスポーツウェアなんてどう? でも、たくさん持ってるか。...案外難しいね。」 2人で唸っていても仕方がないので、とりあえずスポーツ店に足を運んだ。 宮田は悩みに悩んで、結局ウィンドブレーカーを選んだ。荷物として嵩張らないし、必需品と言ってもいいものだからだ。 宮田の餞別を買った後、が参考書を買いたいというので大きな書店が入っているデパートに行く。 は数ある参考書を1冊1冊手に取り、パラパラ捲っては本棚に戻すを繰り返して吟味している。 宮田はその隣での様子を見ていたが、あることを思いつき、 「さん、まだここに居るだろ?俺ちょっと行きたいところがあるんだ。30分以内に帰ってくると思うからここで待っててくれないか?」 と声を掛けた。 「わかった。ごめんね、長くて。あ、もしかしたら小説のところに居るかもしれない。ここに居なかったらそっちも見て。」 「了解」と言って宮田は、エスカレーターに向かっていった。 結局、宮田の思いついた用事は30分以上掛かった。 参考書のコーナーに行ってみるとの姿が無かったので小説の棚に向かったがそこにもの姿は無かった。 (遅いの怒って帰ったか?いや、でも...) 宮田の頭に不安がよぎる。 考えていても仕方がないので店内を一通り見て回ることにした。 雑誌のコーナーで立ち読みしている多くの女性客の中にの姿を見つけた。 宮田は安堵の息を吐き、立ち読みしている人たちの間を縫っての許へたどり着く。 「さん。」 雑貨の特集が組まれてあった雑誌を見入っていたは宮田の声に驚いて時計を見る。 宮田の告げた時間から20分近く経っている。 「うわっ、ごめん。小説のところに行く途中にこれが目に入って思わず。」 そう言っては雑誌を棚に戻す。 「買わないのか、それ。」 「うん。持ってたら、ある意味目の毒だから。必要のない物まで買いそうだから、私。 この間はチーズを削るやつが無性に欲しくなった。何とか我慢したんだけどね。じゃあ、行こうか。」 の小腹が空いたので、喫茶店に入った。 店内はシンプルな装飾が施されており、客はかなり入っている。 カップルが多く、どうやらそれなりのデートスポットらしい。店員はもちろん、女性客たちの視線が宮田に集まる。 (やっぱり目立つんだ、この人。) は感心半分、呆れ半分という心境で宮田を見た。 2人が席に着き、メニューを渡される。はケーキセット、宮田はコーヒーを注文した。 程なくそれらがテーブルに運ばれてくる。 は上機嫌で紅茶にミルクを入れていた。宮田はその姿を眺めながらコーヒーを口にする。 「あ、宮田君ってやっぱり大人だ。」 突然そんなことを言われ、宮田は少し首を傾げてに続きを促す。 「いや、コーヒーを飲めるだけでも大人だというのにミルクも砂糖も入れないから。」 「まあ、ミルクも砂糖もカロリーあるから。さんコーヒー飲めないんだ?」 「うん、苦くでダメだね。あと、香りも。お父さんがコーヒー好きだから香りは随分慣れたけど、それを口に含めと言われたらやっぱりダメだね。 だから私は紅茶派。これもミルク入れないと苦手だけどね。」 「ふうん」と曖昧な返事をしながら宮田はカップを置いた。上着のポケットから綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出し、の前に置いた。 「さん、これ開けてみて。」 言われたとおりは丁寧に包装を解いて、箱を開ける。中にはシルバーネックレスが入っていた。 トップには小さな四葉のクローバーの細工が付いている。 はそれを見つめ、宮田を見る。 「俺だけ貰うってのも気が引けたから。そうだな、さんの進学祝と思ってくれれば良いよ。もちろん、さんに拒否権は無いから。」 昨日自分が宮田に言った言葉を使われ、は苦笑して、 「OK.宮田君。お言葉に甘えるよ。ありがとう。...大学、受かってるといいなぁ。」 と言った。 宮田はからネックレスを受け取り、それを着けてやる。 は照れ笑いを浮かべて、もう1度、「ありがとう」と言った。 宮田がそろそろジムに行かなくてはならないので帰ることとなった。 「宮田君、気が向いたら手紙頂戴。こっちに着いて3日以内には返事書いて送るから。 だから移動が近い時には、送ってこないでね。宮田君がいなくなった土地に返事が届いちゃう。まあ、そんな時間無いかな?」 「―――気が向いたらな。」 が鴨川ジムに顔を出しに行くと言うので2人は途中で分かれた。 |
また前後編でやっちゃいました。
宮田を囲んでいたお姉さん方。ある意味勇気のある行動かと...
『小腹が空いた』と表現した自分もどうかと思いつつこのままで。
後編は卒業です。
桜風
05.1.29
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