桜月夜
| 見事大学に合格したは、また4月から鴨川ジムでバイトをしている。 鴨川古株3人組の試合が終わって数日が経った土曜日の夜、携帯電話が鳴る。 大学に入ってから買った物で、まだ慣れていないために自分の部屋のそれが鳴っている事に気づくのが遅くなって慌てて通話ボタンを押す。 「もしもし、です。」 『ちゃん?木村だけど、もしかして今忙しかった?』 「いえ、ごめんなさい。外で鳴ってる音だと思って気づくのが遅れただけです。それで、何でしょう?」 『そうそう、ちゃん明日暇?花見に行かない?今日来たお客さんが穴場を教えてくれたんだよ。 そろそろ桜の季節も終わるから、早めに行かないと花が散るだろ? ちゃんの大学進学祝いにさ。と言っても、もう1ヶ月近く経ってるけど。どうかな?』 「はい、行きます、是非!うわぁ、嬉しいです。ありがとうございます。」 以前、は桜が好きだと聞いていたので誘ってみたのだが、こんなに喜んでもらえるとは思ってもいなかった木村は頬が緩む。 迎えに行く時間を告げて電話を切った。 翌日、木村はの家に向かった。急な話だったので、午後迎えに行くことになっている。 父親が出てきたらどうしようと思いながら、インターホンを押す。インターホンからの返事は無かったが、代わりにが慌てて出てきた。 木村は、「どうぞ」と言いながら助手席のドアを開けてやる。 を車に乗せるときはいつもそうするのだが、は毎回恥ずかしそうに俯いて、「ありがとうございます」と言いながらおずおずと車に乗り込む。 そんなの姿を可愛いと思う木村は、毎回それをやってしまうのである。 「木村さんって、何かフェミニストっぽいですよね。」 少し車を走らせるとが口を開いた。 「そうかな、どうして?」 「私が車に乗せてもらう時、いつもドア開けてくれるじゃないですか。...降りる時は私が頑張って早く降りるようにしていますけど。」 「(ちゃんが可愛いからわざとやってるんだけどな。)...嫌?ドアを開けて、『どうぞ』って言われるの。」 「嫌って言うか、どうしても慣れないんです。いつも学校では男の子扱いっていうか、そういうのだったので、こういうのには慣れていなくて恥ずかしいんですよ。」 「そうなんだ?でもちゃんはちゃんと女の子じゃないか。...今の話だと、ちゃん、もしかして彼氏いたこと無い?」 「はっはー。彼氏いない歴今の年齢ですよ。小学校はともかく中学は生徒会、高校は、まあ、ご存知でしょ?忙しくって。 それに、以前言ったと思いますけど、ステータスシンボルのための彼氏とか要りませんから。 ...この年で彼氏いないって、変ですかね?友達にも『いい加減にしろ』と何故か怒られているんですけどね。」 木村は、緩みそうになる口を結ぶ。 「いや、別に人それぞれだと思うよ。それにちゃんらしいんじゃないかな。そういう、なんていうか...まっすぐなところっていうかさ。」 は首を傾げながら聞いていたが、木村の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。 3時間ほど車を走らせると目的地に着いた。 「着いたよ、ちゃん。...ちゃん?」 いつもならすぐに車を降りるが動かない。 「(3時間休みなしで走ったのはマズかったかな?)ちゃん、大丈夫?もしかして酔った?」 「いえ、酔ったわけではありません。...木村さん、スピード出しすぎです!凄く怖かったんですよ。」 「?や、でも高速だし...」 「高速道路でも制限速度はあります。余裕で超えてたじゃないですか。」 「あー、ごめんな?帰りはもう少しスピード落とすよ。」 「是非お願いします」と言っては鞄を持って車を降りた。 奥地の方だったので、桜が散る心配はまだ無かったようだ。話に聞いたとおり人が殆どいない。地元の人しか知らない隠れた名所と言ったところだろう。 車から降りたは辺りを見渡して顔を綻ばせる。その様子を見て、木村は満足な笑みを浮かべた。 出発が午後だったので、既に黄昏時は迫っていて、辺りが薄暗くなってきていた。この辺りは街灯も少ない。 木村は少し午後から出発したことを後悔した。 「あ!」 との声がしたので目を向けると、空を仰ぎ見ている。その視線を辿った先には満月が出ていた。 「すごーい。月明かりの下でお花見なんて、何やら雅な雰囲気ですね。 ...雅とは離れちゃいますけど、少しお腹空きませんか?パウンドケーキをおやつにと思って焼いてきたんですよ。紅茶も持参していますよ、お兄サン?」 「ちゃんお菓子も作れるんだ。じゃあ、遠慮なくいただきましょう、お嬢サン?...そうか、だからそんな大きな鞄持ってきてたんだね。」 シートを広げて2人はまったりとお茶をする。ケーキも紅茶も甘さ控えめに作ってあった。 春になったとはいえ、まだ夜には気温が下がり、だんだん冷えてきた。 帰りの時間を考えると、もうそろそろ帰らないといけない。 「ちゃん、車のエアコンつけてくるから。」 そう言って木村はの持っている鞄を預かり、車に戻った。 エアコンをつけ、を振り返って息を飲む。 は静かに桜を見上げていた。月の光に照らされたの横顔はいつもの少女の顔ではなく、凛とした空気を纏う女性の顔をしていた。 木村は暫し見惚れていた。 木村の視線に気付いたのか、が振り返る。途端に暖かい空気を纏ったいつものに戻り、車に戻ってくる。 「木村さん?」 気が付くと木村はの長くはない、とても艶やかな黒髪を撫でていた。の声にはっと我に返り、髪についていた花弁を1枚摘まんでに見せる。 「ほら、花弁が髪にくっついていたよ。」 「ありがとうございます」と言っては照れ笑いをした。 木村は何とか誤魔化せたと胸を撫で下ろす。 (危ねぇ、月の光は人の心を惑わすって言うけど...。さっさと帰ったほうが良さそうだ。) (...木村さん、何だかいつもと違う。何だろう?) はで、今まで見たことのない先程の木村の表情に戸惑っていた。 帰りの車の中、2人は口数が少なかった。 と言うよりも、口数が少なかったのは木村だけで、はまたしても車のスピードが出すぎていて怖くて口が利けなくなっていた。 を家まで送り届けて自宅に帰った木村は、助手席に落ちていた桜の花弁を見つけて手に取る。 おそらくの服にでも付いていたのだろう。 木村は今夜の月下の花を思い出し、笑みが零れた。 |
『鬼(宮田)の居ぬ間に』といった感じのキム兄さん。
ところでキム兄さんって、意外と結構スピード出しそうじゃないですか?
普段は穏やかな人っぽいですが(笑)
桜風
05.3.5
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