彼女の事情 ―後編―




一歩のチャンピオンカーニバルも終わったある日、木村は川原ジムへ向かった。

間柴戦のときの恩返しも兼ねてスパーリングのパートナーを買って出たのだった。

しかし、自分の試合前にスパーのパートナーをしてもらったときには敵わなかった宮田から簡単にダウンを奪える。

「どうしたんだよ、宮田。試合が近いから手を抜いて流すつもりだったのか?」

「...手を抜いているように見えますか?」

「一郎、今日はもう終わりだ。シャワーを浴びて来い。」

宮田父に言われ、

「でも!」

と反論するが、

「試合前に怪我をして棄権したいのか?」

と言われ、言葉に従う。


宮田がシャワールームにいる間、木村と宮田父が話をしていた。

「今日はいつになくおしゃべりだね、父さん。」

シャワーを終えた宮田がジムに入ってきた。宮田父は、バツの悪そうな顔をする。

「忘れてください。できなければ、絶対に誰にも言わないでください。特に、あいつには。」

「分かった。言わねぇよ、約束する。

あー、一歩って言やぁさ。この間ちゃんから電話があったんだと。試合の前の日。

一歩自身が聞いたんじゃなくて、あいつの家でバイトしている同級生が電話とって『頑張れ』って伝言受けたんだとさ。

『かなりテンション高かったって言っていましたよ。』って一歩の奴言ってたぜ?」

さん、まだ戻ってきていないんですか?用事があるって言った日から2ヶ月になりますよね。」

「ああ。俺も気になって八木さんに聞いたんだけど、教えてもらえないんだよ。『必ず戻ってくるから。』とか言ってさ。」

「留学じゃないのか?さん大学生だろ?」

「いや、留学なら期間の目処は付くはずだし、内緒にする理由が分からないよ。」

「だな。それに、俺のチャンピオンカーニバルのテレビ中継を見れるって言ってたんですよ、ちゃん。だから国内だとは思いますよ。

―――話を振っておいて何だけど、ここで話をしていて答えが出るわけじゃないし、俺、帰るわ。」

「そうですね。今日はありがとうございました。くれぐれも、秘密は守ってくださいよ。」

「分かってるって。じゃあ、試合は見に行くからな。頑張れよ。親父さんも、失礼します。」

「気をつけて帰れよ。」

その後、鴨川ジムに帰った木村に、一歩は何故か殴られた。


宮田の減量は過酷を極め、体重が落ちなくなり、挫けそうになる。そんな時はいつもから貰ったウィンドブレーカーを着て走る。

海外に行く前に餞別として貰ったものだ。

これを着ていると、泣き言が言えない、頑張れる、そんな気がする。

(俺も女々しいことしてるよな、情け無ぇ。)

いつも思う。それでも、これに頼ってしまう。

ベルトを獲れば、ボクサーとして自信はつくと思う。しかし、それでに釣り合うかは疑問だ。

彼女は強い、きっと自分よりも。彼女の瞳を見るとそう思ってしまうのだ。


試合前日の計量は、リミットいっぱいで通った。

食事をして家に帰ると、電話の留守電のランプが光っている。

宮田は期待をしつつも、それを表に出すことなく再生を押す。

『ルスロクハ、イッケン、デス。』

『もしもし、です。お久し振り。

えっと、宮田君が計量パスしたかどうか今の私は知りません。でも、宮田君だから、大丈夫だろうって思ったので電話しました。

実は、やっぱり私は明日の試合の観戦に行くことができません。ごめんね?

だから、約束通り、テレビの前で応援させてもらいます。

じゃあ、明日、頑張って。』

の明るく振舞っている感じの作ったような声が気になる。

さん、来れないみたいだな。」

しかし宮田は、突然後ろから声を掛けられて驚き、その引っかかりも忘れてしまった。

一緒に帰って来たのだから居てもおかしくはないのだが、すっかりその存在を忘れていた。

「ああ、そうみたいだね。」

平静さを装い、自室に帰った。


試合当日、宮田は父のボクシングが世界に通じることを証明するために、リングに立つ。


宮田のカウンターは、アーニーの『ブラッティクロス』で封じられた。

2度もダウンし、その後も何度もダウンをしそうになっては耐えていた。

(父さん、俺が証明するよ。父さんのボクシングが世界に通じることを。

―――どこかで見ているんだろ。今度こそは約束を果たす。

そして、―――。

俺はもう、ウソツキのままリングを降りることは許されねぇ!!)

アーニーの左に再びカウンターを合わせる。

『ブラッディクロス』の餌食になると思われた。

しかし、宮田の『ジョルトカウンター』は、『ブラディクロス』を破り、アーニーをキャンバスに沈めた。


宮田は、東洋太平洋チャンピオンになった。


控え室に帰った後アーニーの話を聞き、その控え室を訪ねる。

「クールに見えて、実はウェットなんだな。...なぁ、なぜあんなに何度も何度も立ち上がれるんだ?君には一体何があるんだ?」

「...別に何もないさ。ただ、意地だった。」

「意地!?...ははは。国に帰ったら日本人は意地っ張りだって言いふらしてやるよ。」

「それと、どうしても俺の勝った姿を見てもらいたい人がいたんだ。いつも笑顔で応援してくれている。」

「母親か?」

「いや、違う。」

「何だ、恋人か。」

「それも違う、な。でも、そうだったら、って思っている人だな。」

「君はボクシングは強いのにそれ以外は弱気なのか。

...Mrサカグチには気をつけろ。また第2、第3の刺客を送ってくるぞ。」

「簡単に渡したりしないさ、あんたから貰ったベルトだ。」


「グッバイ。」

そう言ってアーニーは宮田の頭に帽子を載せて部屋から出て行った。

「グッバイ。」

宮田も呟いた。



今回は原作の会話はかなり端折ってニュアンスで伝わったらいいなぁ...って思いながら書きました。
次回、彼女が姿を晦ませた理由が判明します。



桜風
05.4.30


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