彼女の闘い ―後編―
| 「さんは先天性の心疾患、つまり、生まれたときから心臓が悪かったんだよ。」 「「「「心臓!?」」」」 (あのときの看護婦は『心臓』って言おうとしてたのか...) 宮田は数年前のことを思い出し、一人納得をする。 「そうだよ。そして今回バイトを辞めたのは、手術を受けるためだったんだ。11月のララパルーザの翌日に、僕と会長は手術の話を聞いたんだ。 『少し、長生きしたくなりましたから』って。そして、入院の日が、Jライト級のチャンピオンカーニバルの日。そう、木村君の試合の日だったんだよ。」 「でもさん来ていましたよ。ね、鷹村さん。」 と一歩が言うと、鷹村も、 「ああ。しかも走ってな。」 と答えた。 「さん、面接のときに『15年もこの体でいるんですから少しくらい無理できますよ。それがどれくらいまで可能か自分で匙加減分かります。』って言っていたからね。」 「...しょっちゅう無理ばかりしていた気もしますけどね。」 溜息交じりに宮田が言うと、皆も頷く。 入院してからのことは、久美が話す。 「さん、試合を見に行ったって言うのでしたら、たぶん外出許可を貰ったんですよ。入院した日なら元気だし、まだ動きやすいですから。 そして、25日に手術を受けました。3月半ばまでは順調に回復していたんですけど、急に容態が悪くなったらしいです。 私は4月の異動で今の職場に移りましたし、さんの担当でもないので詳しくは分かりませんが、そう聞きました。 さんの病室に行くとベテランの先輩でさえ辛いみたいなんです。数字が良くないというのもあるでしょうが、いつも笑顔なんです。 辛そうな顔をしながら誰か部屋に来ると必ず笑顔を作るんです。泣いてくれた方が、辛いって言ってくれた方がいいって先輩達言っています。 さん絶対泣き言を言わないんです。私もさんに会いに行くのは、正直辛いです。人が居ると泣けない人なんでしょうね。 皆さんに来て欲しくないって言ったとき、さんこう言ったんです。 『不健康な生活していても、体が頑丈だからね。そんな人がこれ見たらビックリするでしょ?私も見られて楽しい状況じゃないし。』 って。 さんの心臓、今、うまく機能していないんです。食欲も落ちているし、もうベッドから起き上がれないくらい体力もなくなっています。 この前の宮田さんの試合の日。さん先生から手術の話が出たんです。もうこのままだとどうにもならないって。 それで、それを受けるかどうかを翌日聞くって事になったんですけど、そのとき、さんボクシングをテレビで見るって先生に宣言したんです。 先生は、反対したんですけど、『約束だから』って言って頑として譲らなかったんです。 それで、医師、看護婦同伴で、何か異変があったらすぐに観戦を中止と言う条件で見たんです。」 「久美ちゃんも一緒に見たの?」 「はい。先生は何度か止めようとしたんですけど、結局先生が夢中になって、止めるどころじゃなくなって最後まで観戦したんです。 試合が終わった後、『もう少し、長生きしますか。』と呟いていました。さんの病気は手術をしても治るものじゃないんです。少し、調子が良くなるってくらいで... でも、手術を受けると言う返事をしたんです。『たぶん今が体力的にぎりぎりかな』って言っていました、さん。」 「それで、治るのか。の病気は。」 「...いいえ。さんの病気は今は完治する技術がないんです...」 皆の間に沈黙が下りる。言葉がない。 (強いはずだよ、生まれたときから闘っていたんだ、さん。) (いつも他人のことばかりで...俺にも心配させろよな。) それぞれが思い、想う。 皆が沈痛な面持ちで居るのを久美は見渡し、 「そうだ、皆さん。まだお時間大丈夫ですか?」 と声を掛けた。 皆は久美を見て頷く。 「じゃあ、ちょっと待っててくださいね、すぐに戻ってきますから。」 そういって久美は会長室から出て行った。 「久美さん?!」 「一歩、お前付いて行ってあげろ。もう、外暗いから。」 木村に言われて一歩は久美を追いかけた。 「―――とりあえず、シャワー浴びてきたらどうですか?」 宮田に言われて鷹村たちは部屋から出て行った。 宮田は深く息を吐く。 今までのの言動を思い出す。 自分の記憶の中のはいつも笑顔だ。 その裏にどれだけの辛さや不安を隠してきたのだろう。 彼女のその笑顔にどれだけ自分が頼り、救われたことか。 新人王トーナメントで負けたとき、彼女が来てくれたから早く立ち直れた。 海外に行ったときも彼女の応援に支えられた。 先日の試合だって、やはりを想い、頑張れた。 (やっぱり、チャンピオンになってもまだまだ敵わねぇ。もっと強くならないと。) 木村はシャワーを浴びながらを想う。 は温かく、絶えず笑顔で応える。 いつも他人のことばかりに気を遣う。 自分のチャンピオンカーニバルにも来てくれた。 は来てくれる、心の中ではそう思っていた。 彼女は頼まれれば、それに応えようと一生懸命やってくれる。 自分はそんな彼女の、素直で優しい性格に付け込んだ。 彼女自身が大きな物を抱えていることに気付かず、甘えていた。 あいつには、ボクシングでは敵わないかもしれない。 でも、の傍に居るのは自分で、1番彼女のことを知っている、そう思っていた。 でも、思っていただけだった。 あいつと変わらない。何も気付けなかった。 情けなくなる。 不意に、目頭が熱くなる。 今は自信がない。それでも譲れないものはある。 (―――俺は、安心して甘えられる存在になりたい。いや、なってやる。) 皆が会長室に戻ると久美たちも帰ってきた。 「皆さん、寄せ書きなんてどうですか?お見舞いはダメでもこれなら私が届けることが出来ます。 明日の朝持っていけば、手術室に入る前にさんに渡すことが出来ます。 もちろん手術室に持っていけないけど、さんは目を通すことが出来ますよ?」 「それはいいアイディアだ。よし、オレ様から書いてやろう。」 久美が一人ひとりのスペースを線を引いて区切った。 皆が、心を、願いをこめて寄せ書きをする。 翌朝、の病室に久美は行く。 「昨日やっぱり盗み聞きされて大騒ぎになったから、話したよ?それで、事情を知ったならと思って書いてもらったの、寄せ書き。」 そう言って渡された色紙を、は苦笑しながら目を通す。 |
| 最後まで諦めるな。 鴨川 早く戻っておいで。 八木 オレ様の世界戦、観戦したいなら早く出て来い!! 世界の鷹村守様 頑張れよ! 青木勝 俺にも心配させろよな! 木村タツヤ 早く元気になって下さい。 幕之内一歩 俺の勇気をあげるよ、頑張って。 宮田一郎 |
| 「これは、最強のお守りだぁ。」 は涙を流した。 その夜、皆の元に、手術が無事終了したという知らせが入った。 |
彼女のこの設定について結構悩んで変更も考えたのですが、
今までの話の中にそういうことを匂わせてみたりしてたので、そのままでいくことにしました。
色紙に書いたコメントの隣の名前、現役組はサインを書いたと思ってください。
だから木村さんは『タツヤ』。
桜風
05.5.14
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