彼女の凱旋 ―前編―
| 一歩の2度目の防衛戦まで1ヶ月を切ったある日、は自転車に乗って鴨川ジムに向かった。 約5ヶ月ぶりに顔を合わせる皆の顔を思い浮かべると、何だか照れくさい。 いつものようにジムの裏に自転車を停める。 殆どジムから入っていたが、裏口から入ることもあった。 今日も裏口からと思ったが、今は部外者だ。そんな自分が裏口からというのは気が引けたので表に回る。 ジムの窓にはポスターが貼ってあった。 (あ、これ、幕之内君のポスターだ。青木さんがセミファイナルなんだ。) そんなことを思いながらポスターを見ていると、ジムの中からかわいい顔をした青年が出てきた。 「そのポスター欲しいの?まだ余りあるからあげようか?」 練習生だろうか。は見たことの無い人だと思ったが、知らない練習生なんてたくさんいるのでそのまま話しかける。 「いえ、別にこれが欲しいわけではないので。会長と八木さんいらっしゃいますか?」 「いや、今は出てるけど、すぐに戻ると思うよ。中で待ってなよ。」 そう言ってジムの中に招かれた。 5ヶ月ぶりのジムは何も変わっていない。見たことのある練習生もちらほら居る。 入り口のベンチに座って待たせてもらうことにした。 「そろそろプロの人達が来る時間だよ。知ってる?ここのプロのメンバー。」 「まあ、それなりに。Jミドル級の鷹村さん。そろそろ世界って言ってますよね。 ライト級の青木さん。試合近いみたいですね。 Jライト級の木村さん。この間のチャンピオンカーニバルは惜しかったな。 そして、フェザー級の幕之内君。今、チャンピオンですね。」 「幕之内君?『幕之内さん』、でしょ?でも詳しいね。もしかしてみんなのファンなの?」 「...どうでしょうね。でも、応援はしていますよ。」 ジムのドアが開き、噂のプロ4人組が揃って入ってきた。 ジムの練習生たちが挨拶をする。それを見ては、運動部みたい、とぼんやり思っていた。 先頭を歩いていた鷹村がを見つけて足を止める。皆の鷹村の視線を辿る。 は立ち上がり、一礼をする。 「...ちゃん?」 木村が困惑しながらその名を呼ぶ。 それもそのはず。今のの髪は肩より少し長い。ずっとショートヘアだったしか知らない4人は固まっている。 「お久し振りです。皆さんお元気そうで。」 さっきまでと話をしていた青年が4人組とを見比べ、 「あれ?皆さんこの子と知り合いなんですか?」 と聞いてみる。 「『この子』って。板垣、お前より年上で一歩の同級生だぞ?ほら、前に話したことがあるだろ、今入院しているバイトの子が居るって。 ちゃんだ。ちゃん、こいつ板垣学。フェザー級のプロだ。」 「初めまして、です。...ん?フェザー級って言いましたか?幕之内君と一緒だね。あれ?まぁ、いいや。 それよりも、鷹村さん、青木さん、木村さん、幕之内君、寄せ書きありがとうございました。最強のお守りでしたよ。」 4人はふっと笑って返事をして、着替えるためにロッカールームに向かった。 「すみません。ボク、自分の方が年上だと思って...」 板垣が申し訳なさそうに言う。 は苦笑して、 「いいよ、慣れてる。ところで、私何歳くらいに見えた?怒らないから正直に言って?」 と言う。板垣は正直に、「高1です」と言った。 それを聞いたは怒らない代わりに内心ヘコんだ。 板垣からジムにいなかった間の話を聞いていると、着替えを済ませた鷹村たちがジムに入ってくる。 「そういや、、髪伸びたな。男でも出来たか?」 鷹村が楽しそうに言う。その言葉に木村は内心焦った。 しかし、が口にした言葉は、 「いいえ?ただ伸ばしてみたくなっただけですよ。でもいい加減邪魔だから切りますけどね。」 と言う色気の無い答えだった。 鷹村と青木は面白くなさそうな顔をし、木村はほっと胸を撫で下ろした。 ジムのドアが開き、会長と八木が帰ってきた。 「会長、八木さん、お久し振りです。どうもご心配おかけしました。」 が立ち上がって声を掛ける。 「。もう体の方はいいのか?」 「さん、元気そうに見えるよ。」 2人は驚き言葉を返す。 「はい、一応は。これ、快気祝いです、皆さんで食べてください。青木さんは、試合が終わってからですよ?」 「あぁ、これは態々ありがとう。ところでさん。バイトはいつから復帰出来そうかな?」 「8月いっぱいはこちらの体の様子を見ておきたいと思っているんですが、今、バイトに入っている人居ないんですか?」 「うーん。すぐに辞めちゃうんだよね。じゃあ、9月からお願いしてもいいかな?」 「はい。でも、少し時間削ってもらえませんか?随分動いていないから体がついていかないかもしれませんから。」 「それは、勿論。さんが帰ってきてくれると分かっているだけで心強いよ。でも無理はダメだよ、分かったね?」 「はい。」 の返事を聞いて会長たちは奥へ入っていった。 がふぅと溜息を吐き再びベンチに座ると鷹村、青木、木村に囲まれる。 (やばいかなー。やっぱ怒ってるかな〜。) 案の定、皆の説教が始まる。 「、貴様は何故、体のことをオレ様たちに言わなかった。」 「そうだぜ、絶対無理させてたろ、俺たち。」 「ちゃん。ちゃんは俺たちのこといつも心配してくれているだろ?俺たちにも心配くらいさせてよ。 久美ちゃんから聞いて凄くショックだったんだぜ?そんなに頼りにならない?」 口々に言われ、は小さくなる。 「えっと、まずは、ごめんなさい。木村さん、違いますよ?頼れるから頼らないんです。きっと頼りだしたら何でもかんでも頼っちゃいます、私。 私は弱い人間だから甘えだすとキリがなくなる気がするんです。だから、頼らないんです。」 ...果たして、そこまで自分を律することが出来る人は弱いと言うのだろうか。 話を聞いていた全員は考える。 「それと、本当は心配掛けたくなかったから言わなかったんです。だって体が弱いって言っていたら皆さん、必要以上に気を遣ったりするでしょう? 心配して私の出来ることまでできないって言われてしまいそうで、それが嫌だったんです。 私、既に他の人より出来ること少ないのにそれ以上取られたら何も残らなくなっちゃいます。 もし、私が最初から体が弱いって言っても、皆さんは仕事させてくれましたか?たぶん、違うと思います。 だから言わなかったんです。でも、結局皆知っちゃいましたよね。秘密にしていたから気分を害されたと思います。ごめんなさい。」 の言う通りだ。 たぶん自分たちは心配を理由に彼女の仕事を取り上げていただろう。 がいつも楽しそうに仕事をしていた理由が分かった気がした。 出来ることがあるのは嬉しいことだ。 皆は言葉をなくしていたが、鷹村が口を開く。 「まぁ、そうだったろうな。一応、このオレ様でも気を遣ったかもしれん。 ...、お前がバイトに復帰したあともオレ様たちは今までどおりだ。約束してやる。でも、以前からお前を手伝っていたことは忘れるなよ? それと、八木ちゃんも言っていたが無理はするな。もうここにいる人間は知っているんだ。遠慮は要らねぇ。 手伝いが要るときは声を掛けろ。手が空いてる奴が1人くらい居るだろ。いいな?」 鷹村の言葉には嬉しそうに微笑み、「ありがとうございます」と礼を言った。 鷹村は照れくさいのか、そっぽを向いて「おう」と返事をした。 は「用事が済んだから帰る」と言い、ジムを出た。 「ちゃん。」 ジムの裏の自転車を取りに行ったを木村が追いかけてきた。 「木村さん、どうかしましたか?」 「いや、その...お帰り。」 優しく笑う木村にの頬が染まる。 「えっと、ただいま、です。...何だか照れくさいですね。」 「そうだね。えっと、それだけだから。また、バイト始まる前でも遊びにおいで?一歩と青木の試合は見に行けるの?」 「大丈夫だと思いますよ。一応用事は入っていませんから。」 「そっか。じゃあ、また。無茶しちゃダメだからね。」 「肝に銘じます。」 そう言っては自転車に跨り、ジムを後にした。 を見送ったあとの木村の頬は緩みっぱなしだった。 |
ヒロイン帰ってきました。
キム兄さんがヒロインを好きというのは実は周囲にバレバレ(笑)
鷹村がちょっかい出さないのはヒロインのことを気に入っているから。
木村が原因で彼女がジムを辞めるというのは面白くないので、一応、静観しています。
鷹村がそんなに大人しくするかどうかは、ともかくとして...
桜風
05.5.28
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