彼女の凱旋 ―後編―




はジムを後にして、そのまま宮田の家に行ってみることにした。

行ってみていなかったら今夜電話すればいいや、と思いながら自転車を走らせる。


宮田家に着くと自転車から降りてインターホンを押す。

『はい。』

どうやら父の方は家にいるらしい。

です。一郎...さん?はご在宅でしょうか。」

『一郎君』と言うべきか『一郎さん』と言うべきか悩み、言い淀む。

『ちょ、ちょっと待ってくださいよ。おーい、一郎、一郎!』

インターホン越しに宮田父に声が聞こえる。

インターホンが切れて、程無く宮田父が家の中から出て来た。

「とりあえず中へ。あ、自転車はこっちに。髪伸ばしたんですね、よく似合っていますよ。」

自転車を置かせてもらい、家の中に入る。

を居間に案内した宮田父は部屋を出て階段を上がっていった。

家の中は意外と片付いている。男2人の家なのでもっとごみごみしているだろうと思っていたは感心する。

立ったままというのも何なので、はそこに正座をして誰か来るのを待った。


バタバタと言う音と共に、宮田が姿を現す。

さん?!」

いつもと様子が違うな、と思いながらは口を開く。

「久し振り。OPBFチャンピオンおめでとう。凄い試合だったね。」

宮田はこれが夢なのか、現実なのかよく分からない。ただ、久々のの声を聞く。

「ごめんね、試合、応援に行けなくて。行きたかったんだけどね、私自身それどころじゃなくて。

宮田君にも心配をかけちゃったようで..。

あ、寄せ書き、勇気をありがとう。頑張れた。あんなオールスターな寄せ書き持ってたら負けられないよ、最強のお守りだったよ。」

宮田はヨロヨロと歩き、部屋の中に入っての正面に座る。

かなり動揺していて、夢オチだけは何とか避けたいと考えていた。

「えっと、退院おめでとう。」

そんな息子の姿に宮田父は溜息を吐き、麦茶を淹れながらに声を掛ける。

さん、一郎から聞いたけど、大変だったようだね。もう体は大丈夫なんですか?」

「はい、ご心配をお掛けしました。ところで、宮田君って寝起き悪いんですか?」

「いや、いつもはそうでもないんですけどね。」

宮田父は苦笑する。どうやらバレバレらしい。

と宮田の前に麦茶を置きながら、

「何で分かったんですか?結構分からないものだと思うんですけど。」

「声ですかね。風邪じゃないみたいなので、寝起きかな、と。」

「はは、中々の洞察力だ。私はこれから出掛けないといけないのですが、さんはどうぞごゆっくり。...一郎、いい加減にしっかり起きろ。」

そう言ってジャブを寸止めする。

条件反射でファイティングポーズを取った宮田は頭が冴えてきた。

(本当、宮田君って熱血ボクシング馬鹿だよね。誰だっけ、『クールでクレバー』って言った人。藤井さんのところだっけ?)

「ああ、そうか。父さん出掛けるって言ってたよな。気を付けて。」

と宮田は玄関まで見送りに出た。


再び、居間に戻ったと宮田はタイトルマッチの話や、入院していたときの話をした。

「そういえば、ジムの方にはもう行ったのか?」

話の合間に宮田が疑問を口にする。

「うん、さっき行ってきた。皆元気そうだったよ。新しいプロの子もいたね。相変わらず、賑やかな所だったよ。」

「そう。」

宮田は溜息を吐いた。

は、またしても、お説教?!と構える。

さん、さっきもジムで言われたと思うけど、何で言ってくれなかったんだよ。

いつも笑顔で...。辛い時とか、苦しい時には泣いてもいいんだぜ?俺が入院しているとき、さんが『泣いてもいい』って言ってくれただろ?

情けない話だけど、嬉しかったんだ。泣いてもいいって言ってくれる、泣く場所をくれる人がいて。」

俯いて話を聞いていたが顔を上げる。

「うん、ありがとう。でも、私、一度めげたら立ち上がれない気がするんだ。宮田君みたいに強くないし。

それと、ね。体の事は言いたくなかったんだよ。

言ったら皆に必要以上に気を遣われる可能性が大きかったし。何より...自分が人より、その、出来ないことが多いっていうっていうの認めたくなかったんだ。

でも、そうだよね。あとから聞いたらイヤな気になるよね。考えてなかったよ、ごめんなさい。」

「そうか。いや、うん。でも、さんは弱くないよ、俺はそう思っている。

それに、もしめげて立ち上がれなくなったら、俺が...皆が手を貸すよ。だから、少しくらいめげたっていいと思うぜ?」

は思わず泣きそうになったが、精一杯の笑顔を向けた。

なんとも複雑な表情になっている。

(それでも笑う、か。まあ、実際泣かれるよりはいいけどな。)


がそろそろ家に帰らなければならない時間だというので、宮田は一緒に玄関に向かう。

「そういえば、さん、髪伸びたな。何か心境の変化?願掛けとか、―――彼氏が出来たとか。」

「(また彼氏ネタ?)ううん。何となく伸ばしてみたくなっただけ。普通は、入院前から伸ばさないけどね。でも、そろそろ切っていつものショートに戻るよ。」

彼氏説を否定された宮田は嬉しくて、ついの髪に手を伸ばす。

「勿体無い。こんなに綺麗なのに。このまま伸ばせば?」

突然、髪に触れられては朱くなる。

「いや、でも私不器用だから髪結べないのよ。家族からは見てて邪魔だから結べって言われるし。

それに夏は髪を下ろしたままだと暑いから。だから、切る。」

宮田は、視線を合わせずに朱い顔をして話すを楽しそうに見つめながら、手にしたの髪を弄ぶ。


「それじゃあ、お邪魔しました。」

自転車と共に門から出たが挨拶をする。

「ああ、またいつでも来いよ。」


宮田は、の姿が見えなくなるまで門の外で見送った。

の髪に触れていた自分の手を見つめ、が帰ってきた喜びを感じていた。



一応、彼にも知らせておこうと思いまして。
宮田はジムを出てから単品で出てくるので、
『それはそれでオイシイのでは?!』
と最近思ったり。



桜風
05.06.03


ブラウザバックでお戻りください